ボイドのロシア語版のおもしろさ


ボイドの『ナボコフ伝 ロシア時代』(1990)を訳したとき(2003)、ドリーニン夫人によるそのロシア語訳(2001)にたいへんお世話になったことは、「あとがき」にも記したとおりだ。このロシア語版は英語の意味を理解する上で役立つばかりでなく、オリジナルの誤りを丁寧に正している(拙訳55,56,62ページなど参照)点でも貴重なものだから、ロシア語の読める人はぜひ一読してほしい。
さて、今回クリミアでナボコフの足跡を辿るにあたって、このロシア語版の新たなおもしろさを知ることになった。ナボコフはクリミアではガスプラ、リヴァジアに暮らしたが、それについて親切な記述が加えられているのだ。
ガスプラでナボコフ一家は、パーニナ伯爵夫人の領地の「いちばん上にあって、道路にも近い、ブリキとタイルに覆われた質素なゲストハウス」(拙訳156ページ)を提供されたが、このゲストハウスは「道のすぐそばで、噴水の向かいにあった」とされ、「噴水は今でも残っているが、家のあったところには新しい建物が建てられている」(ロシア語版166ページ)というガイドブックのような記述が付記されている。
また、オリジナルでは、リヴァジアで暮らした家については、「以前は聖歌隊員たちの分会堂だった二階建ての家で、そこは宮殿の壮麗な庭園に接していた」(拙訳172ページ)とあるだけだが、ロシア語版によれば、その建物は宮殿の壮麗な庭園から北に「徒歩5分」の丘の上にあって、「今では町の病院の神経病棟」(ロシア語版181ページ)になっているという。
ロシア語版の楽しさはまだまだ尽きそうにない。

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