前編






「晴れて良かったですね」
「ああ、そうだな」

 その日、俺は栞と海に来ていた。
 栞が元気になって最初の夏になったら連れて来ようと、前々から思っていたのだ。
 勿論、他にもちょっとした理由はあるのだが、あえてそれを栞に言う必要はないだろう。

「しかも結構空いてますね」
「ああ、穴場らしいからな」

 そう、わざわざ人のあまり来ない穴場を必死に探したり、知人に聞いたりして、やっと見つけたのがここだった。

「しかし……」

 ここに来る前からずっと思っていたんだが。

「なぁ栞、ちょっといいか?」
「はい、いいですよ」
「暑くないか?」
「どうしてですか?」
「どうしてって、それ………」

 俺は『それ』を指差して言う。
 『それ』とは、真夏となった今でも栞の体を覆っているあのストールのことだった。

「どうして夏なのにストールを羽織ってるんだ?」

 俺の何気ない疑問に、栞は不思議そうな顔をしてこう言った。

「変…ですか?」

 俺は間髪入れずに言った。

「変に決まってるだろっ。第一、それは夏に羽織る物じゃないっ」

 実際、今日はTVでこの夏一番の暑さだと言っていた。この炎天下にそんな物を羽織っていたら、かなりの暑さのはずだ。

「うーーーーん……。でもいいんです」

 少し考え込んでから、栞はそう答えた。

「………栞。体感温度おかしいだろ」

 思ったことがすぐに口に出てしまう俺は、そんな言葉を栞に投げ掛ける。

「そんなことありませんっ!」

 栞はすぐに否定した。

「けど絶対におかしいと思うぞ。真冬にアイスクリーム食べたがるし…」
「そんなこと言う人、嫌いです」
「じゃあ暑いのか?」
「暑いに決まってるじゃないですか」

 栞は少し怒ったような口調で言った。

「だったら羽織る必要ないだろ。何でわざわざこんな真夏に羽織ってるんだ?」

 俺がそう聞くと栞は少し歩いた後、空を見上げながら言った。

「確かにそうなんですけど…。それでも、身に付けていたいんです。大切な物ですから…」
「苦しいこと。楽しいこと。悲しいこと。嬉しいこと。いろんな想い出が詰まってる物ですから」

 そう言って栞は笑って俺の方を向いた。

「それに…」

 栞はまたすぐに後ろを向いた。

「お姉ちゃんや……祐一さんとの想い出のストールでもありますから…………」

 そして後ろから見ても照れているのが分かるくらい、恥ずかしそうに小さく栞はそう言った。

 そんな栞が妙に可愛く見えた俺は…

「や…ちょっと……は、恥ずかしいですぅ……」

 何となく栞の頭を撫でていた。

「さ、着替えるぞ。さっさとしないと日が暮れるからな」

 照れ隠しにそう言って、俺は栞と更衣室に向かった。

 続く

                                   後編へ続く



                  
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