前編






その日の夜、俺はずっと部屋に閉じこもっていた。
そしてさっき見た信じられないような光景を頭の中で思い出していた。

『もう、会えないと思うんだ……』

そう言って、あゆは俺の目の前で消えて行った。

「あゆ……。もう戻ってこないのか?」

1人で呟きながら、その日は眠りについていった…。

『朝〜、朝だよ〜』
「相変わらず気の抜ける目覚ましだな…」

俺はいつもの調子でベッドから起き上がる。
あの出来事を俺は一晩経ってもまだ信じられず、少し俯き加減で1階に降りる。

「おはようございます、祐一さん」

キッチンでは、いつものように秋子さんが朝食の準備をしていた。

「うにゅ…」

そして寝ぼけながら名雪が階段を降りて来る。
何も変わらない日常のはずだった。
でもあの時、あゆは会えないと言った。

「…祐一」

俺が考え込んでいると、名雪が心配そうに見つめながら言う。

「ん? どうしたんだ、名雪」
「うん、ちょっと元気がないみたいに見えたから…」
「そんなことはないぞ。ほら、さっさと食べないとまた走る羽目になるぞ」
「うん………」

俺は名雪に心の中を見透かされたような気がして、咄嗟に話をそらす。

「そういえば最近見ないわねぇ」

秋子さんが俺に尋ねるように呟く。

「何がですか?」
「ええ。最近、商店街に行っても、めっきり会わなくて…」
「あゆ、ですか?」
「そうですけど…何故分かったんですか?」
「勘です…」
「どうしたのかしら、あゆちゃん」
「どこかでたい焼き食べてますよ、うぐぅとか言いながら」
「そうですね…」

自分を信じ込ませるためにも、あえて俺はそう言った。
そう。俺は信じている。
あゆはまだいると…。

「祐一、学校行くよ〜」

ジャムトーストを平らげ、制服に着替え終わった名雪が俺を呼ぶ。

「そうだな、行くか…」

本当は学校に行く気はなかった。
だが何かしないと気が滅入ってしまう。
そう思って、俺は渋々だが、学校に行くことにした。

「祐一…」

そして、そんな俺の後を名雪が心配そうに見ながらついてきた。

学校に着いた俺は、無造作に教科書やノートを広げた。
一時限目は自習だった。
他のみんなは話をしていたり雑誌を読んだりしていたが、俺はそんな気にはなれなかった。

「珍しいわね、相沢君が自習の時間に勉強するなんて」

物珍しそうに香里が俺を見て言う。

「明日は槍が降るな」

その隣で北川が冷やかす。

「…………」

俺は2人の言葉に何も反応せず、ただ闇雲に問題を解いていた。

「ごめんね、2人とも。祐一、朝からちょっと元気がなくて…」

名雪がさっとフォローすると、2人も納得したように自分の席に戻って行った。

「祐一……」

名雪は俺のことを終始、心配そうな顔で見ていた。
放課後。俺は鞄に教科書等を詰め込み、そのまま誰にも何も言わずに教室を出て行こうとした。
「祐一〜!」

後ろの方で名雪の声がした。

「今から香里と百花屋さんに行くんだけど、祐一も一緒に来ない?」
「…すまないな。ちょっと寄るところがあるんだ」
「ふうん、分かったよ」

名雪は納得したのか、香里のいる方向に向かって走った。
そして俺は鞄を持って学校を出た。
寄るところ…。場所は当然、商店街だ。
あそこに行けば、あゆに会える。そう思っていた。

しかし、商店街のどこにもあゆは現れなかった。

「どうしたんだ、あゆ…」

まさか本当に会えなくなってしまったのだろうか。
そう思うと、俺は居ても立ってもいられなくなった。
しかし何かあてがあるわけでもない俺は、無意識に街を彷っていた。
そして気がつくと変わった場所に出た。
大きな大木のあった場所。

「ここは…」

その時、7年前の記憶が蘇って来た。
木から落ちて動かなくなってしまった少女。
その少女を抱えながら、ただひたすらに泣き続ける少年。
この街に来てから、しばしば夢の中に出て来た光景だ。
その少女と少年は、7年前のあゆと俺だったのだ。
俺は全てを思い出した。

「そうか。ここであゆは…」

そんなことを呟きながら、俺はそこにある大きな切り株を見た。
大木はない…。

「そういえば秋子さんが言ってたな。7年前に切られたって…」

だがここが俺達2人だけの『学校』だということは変わりない。
ここになら来てくれるかもしれない。
そう思った俺は切り株に腰掛けながら、ずっと待ち続けた。
あゆはもういない。
そう分かっていながらも俺はそこでひたすらにあゆを待った。
ほんの小さな希望にすがるように…。
そしてその日から俺は、学校の帰りにあの場所に行った。
毎日かかさず、休日は朝から出掛けて…。
しかし、それでもあゆは来なかった…。

そんな日課が出来て、約2週間が過ぎようとしていた…。

そしてある日……。
その日は学校が休みだったため、俺は朝からあの場所に向かった。
そして切り株の上に腰掛けて、来るはずのない人を待ち続けていた。

「今日も冷えるな…」

そんなことを呟きながら、空を見上げていた。
何時間も、何時間も……。
そして日が傾き、夕焼けが真っ赤に染まっていた頃だった。
そこに1人の人影が現れた。

…名雪だった。

名雪は雪まみれになっている俺に言った。

「ちょっと前からずっと帰りが遅いと思ったら、こんなとこに来てたんだね」

いつものように口調はのんびりとしていたが、言葉ははっきりとしていた。

「こっそり後を追って来たんだ。ごめんね、黙って来て…」
「何か用でもあるのか?」
「うん…。最近の祐一、ちょっと変だったから…どうしたのかなって思って」
「そっか…」
「お母さんも心配してたんだよ。最近、祐一の様子が少しおかしいって…。お母さんだけじゃないよ。香里や北川君も心配してたんだよ…」
「そっか…。でも大丈夫だ」

少し笑いながら俺は名雪に言った。
そういえば、最近は笑うなんてことなかったな。
ふと、そんなことを思い出す。
そして名雪が不意に尋ねて来た。

「誰かを待ってるの?」
「ああ、そうだ…」
「そうなんだ…。今日も遅くなるの?」
「多分な。明日あたりになるかもな」
「そっか。じゃあお母さんに伝えておくね」

そう言って名雪は後ろを向き、街の方向に足を向けた。
しかし次の瞬間、またこっちを振り向いて一言だけ言った。

「会えるといいね、その人と……」

表情は影になっていて分からなかったが、名雪の声が少し震えているような気がした。

「ああ、そうだな…」
「じゃあ、またね…」

そう言った後、名雪は街の方向に走り去っていった。

 続く

                                   中編にへ続く



あとがき


・そんなわけで予告通り、あゆ編でございます。
というか厳密に言えば「あゆ&名雪編」ってことになるんですけどね。
前作とはうって変わって目茶目茶シリアスになってますね。
あゆが消えた直後の祐一の心境、その辺りを上手く表現出来てたらな、と思います。
とりあえず前編ということなんですが、この後、中編と後編があります。
ちゃんと最後にはハッピーエンドになるのでご安心を。(笑)
     

                       
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