中編






 結局、その日もあゆは来なかった。
 俺はとりあえず帰ることにした。名雪や秋子さんが心配してると聞き、少し気になったからだ。

「あら、祐一さん。今日はお友達の家に泊まりに行くんじゃなかったんですか?」

 頬に手を当てながら秋子さんが言う。
 友達の家に行く、というのは名雪が咄嗟に考えた言い訳だろう。

「ええ。でも結局やめたんですよ」
「そうですか」

 それだけを言って秋子さんは奥に戻って行った。

「あれ、祐一。もう帰ってきたの?」

 2階に上がると名雪が少し驚いた様子で俺を見ていた。
 心なしか、少し目が赤い気がした。

「来たの? 待ってた人」
「今日は来ないと思ったからな。明日にする」
「そっか……」

 名雪はそれだけ言い、1階に降りて行った。

 数分後…。

「祐一さん、ちょっといいかしら?」

 下から秋子さんの声がしたので俺は部屋を出て1階に降りて行った。
 そこには秋子さんと名雪が並んで座っていた。

「何ですか?」

 俺は疑問に思い、秋子さんに尋ねる。

「いいんですか、祐一さん」

 いつになく、秋子さんが真剣な顔をして言う。

「何がですか?」

 俺は何も理解出来ず、秋子さんに再度尋ねる。
 そして、俺の問いに答えたのは秋子さんではなく、名雪だった。

「待ってるんでしょ? あゆちゃんのこと…」

 名雪の口から、驚くような言葉が放たれた。
 2人は全て知っていたのだ…。

「お前、何で…」
「今、行かなきゃ絶対に後悔するよ。それでもいいの?」
「……」
「あゆちゃんを信じて、待っててあげたらどうですか? 祐一さん」
「でも…」
「祐一が信じてればきっと会えるよ。今までだってそうだったでしょ?」
「……」
「祐一さん…」
「祐一…」

 俺はその場で数分間、考え込んだ。
 そして結論を出した。

「…行ってくる」

 俺が答えを出した途端、2人の顔が和らいだ。

「いいですか、秋子さん」

 俺は秋子さんに出掛けてもいいか尋ねた。その答えは1秒で返ってきた。

「了承」
「わかりました」

 俺はコートを着て、急いで玄関に向かった。

「祐一!」

 すると名雪が俺を呼び止めた。

「忘れ物だよ、祐一」

 そう言った名雪の腕には天使の人形がついたあゆのリュックがあった。

「ああ、サンキュ」

 俺は名雪にお礼を言って、水瀬家を出た。

 その後、水瀬家では2人の母娘が話をしていた。

「…お母さん」
「なあに?」
「わたし、祐一のこと好きだったんだよ…ずっと前から好きだったんだよ…」
「ええ、知ってるわ」
「本当はわたし、祐一を呼び止めたかった…だって、だって…」
「分かってるわ…」
「でもね、わたし思ったんだ。自分の想いが届かなくても、祐一が幸せならそれでいいって…」
「そう…」
「でもね、なんだか知らないけど……涙が…止まらないんだよ…」
「名雪…」
「嬉しい筈なのに…悲しくないのに…涙が止まらないんだよ…」
「お母さん…わたし、変かな…?」
「いいえ、ちっとも変じゃないわ」
「…そう、かな」
「ええ、そうよ」
「…あゆちゃん、来るといいね」
「そうね」

 俺は全力で走った。
 時々雪で滑りそうになりながらも、必死に走った。
 辺りはもう真っ暗だったが、それでも俺は走った。
 そして俺は目的地に到着した。
 その後、いつものように切り株に腰掛け、待つことにした。

「さすがに寒いな…」

 当然である。季節はまだ冬なのだ。
 コート1枚で寒さが防ぎ切れるはずがない。

「そういえば、この街に来た時も同じように名雪に待たされたな…」

 ふと、そんなことを思い出す。

「けどアイツの待っていた年月に比べれば、大したことのない時間だよな」

 そう、あゆは俺をずっと待ってくれていたんだ。7年もの間…。
 思い出してみれば、俺はあゆと会うことが当然のように過ごしてきた。
 商店街に行けば、羽をパタパタさせて俺の名前を呼びながら向かってくる。
 そんな至極当たり前だった光景が、今は何よりも大切な思い出となってしまった。
 いや、思い出はまだ終わりじゃない。これからも続くんだ。
 もし会えたら何を言ってやろうか。どうからかってやろうか。
 何を伝えようか。どんな顔で迎えてやろうか。
 そんなことを考える。
 だが残酷にも時間は過ぎ、街の灯りも消えて行く…。

「あゆ…」

 あゆに会いたい。
 その一心で俺は待ち続けた。
 そして、そのまま眠りについていた……。

「ん……」

 目が覚めると、すっかり夜が明けていることに気付く。
 コートの肩の上に、うっすらと雪が積もっている。
 とりあえず俺はその雪を手でさっと払う。

「そっか。昨日は結局来なかったのか」

 そう呟いた後、俺は腕時計で時間を確かめる。
 午前11時…。

「もうすぐ昼か。そういえば腹減った気もするな…」
 でも俺はこの場所から離れようという気には、微塵もならなかった。
 それほどまでに、俺はあゆと会いたかった。
 冬の太陽が高くのぼり、中心に来て、やがて夕暮れがやって来る。
 俺は一日中、あゆのことを考えていた。

「結局、どうしちゃったんだろうな…」

 真っ赤に染まる空を見ながら、1人呟く。
 そして俺は俯いた。
 気配がした。誰かが目の前にいる…。

「何でもう会えないなんて言ったんだ…」
「もう…時間がないから…」
「…遅刻だぞ」
「うん、ごめんね…」

 俺は顔を上げた。そこにはいつもと変わらない、笑顔のあゆがいた。

「ほら、忘れ物だ」

 俺はあゆにリュックと人形を渡す。

「見つけて…くれたんだね」
「多少、苦労はしたけどな」
「ありがとう…」

 そう言うと、あゆは俺の手からリュックと人形を受け取った。

「もう2度と会えないのか?」
「うん…」
「どうすることも出来ないのか?」
「それは祐一くんもよく分かってるはずだよ…」

 確かにそうだ。だが気安めや嘘でもいいから『また会える』という言葉を聞きたかった。

「それでね、最後に1つだけお話があるんだけど、いいかな?」

 少し遠慮がちにあゆが言う。

「何だ?」
「あの願い事、あと1つだけ残ってたよね?」
「ああ…」
「だから、最後に1つだけお願い事があるんだけど、いいかな…?」
「…ああ。俺が出来る範囲なら何でも言ってくれ」

 俺が答えると、あゆは不意に後ろを向いた。
 そして数秒後、あゆは振り向いて笑顔で俺に言った。

「それではボクの最後のお願いですっ!」

 いつも通りの、本当にいつも通りの笑顔だった。

「ボクのこと……」

 笑顔のままで、僅かに声を震わせてあゆは言った。

「ボクのこと…忘れてください………」
「ボクなんて最初からいなかったんだって…そう、思ってください…」

 言い終わった時には、もう元気な少女の顔が悲痛な笑顔に変わっていた。
 少女の瞳には涙が溢れて、頬を伝って胸元に落ちる。

「本当に…それでいいのか?」
「だってボク、もうお願いなんてないもんっ! 本当はもう食べられないはずだったたい焼きも…いっぱい食べれたもん…」

 泣きながら、誰かに訴えるように、意地になったように話続けた。

「…それは無理だ」
「え……」

 俺はあゆの最後の願い事を断った。

「俺はお前を…忘れることは出来ない。そんなこと…出来るわけないだろ……」

 泣いていたのだろうか。俺は声を震わせながら言った。

「俺は…今でもお前が好きなんだ…。だから、忘れるなんて……出来ない」

 そして俺はあゆを抱き締めた。壊れるほどに、強く……。

「でも…もうボクとは会えないんだよ…?」

 あゆが俺の胸の中で囁く。

「会えなくなろうが、どうなろうが俺は忘れられない。忘れたくない……」
「……ありがとう、祐一君」

 そう言った次の瞬間、俺の腕の中から温もりが感じられなくなった。
 そこにはもう、俺1人しかいなかった。
 羽のついたリュックも、天使の人形も、何もなかった。
 腕の中の微かな温もりさえも、風に流されていく。
 まるで最初からそうだったように……。
 でもこれだけははっきりと言える。
 最後のあゆは笑顔だった。

「そうだろ、あゆ…」

 続く

                                   後編にへ続く



あとがき


・というわけで中編です。
 ぶっちゃけると一部、原作をそのままコピってます。(滝汗)  まあ多少、アレンジを加えたので勘弁してください。
 というかあのシーンはそのままの方がいいと思ってコピったんですよ。
 原作の雰囲気を壊したくないですからね、やっぱり。
 あとは悩んだのは名雪の心境ですね。今、思い返すとなんだかアニメみたいに不憫でなりませんけど。(汗)
 さて、次で終わりですね。どうなることやらって感じでしょうか。(ぉぃ)
     

                       
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