後編






 やがて季節は巡って、春となった。
 街を覆う白い雪も次第に消えていき、黒く濡れた木の枝はやがて新緑の葉に彩られる。
 あの冬の出来事は、今は思い出になろうとしていた。
 俺は3年に進級し、いつもと変わらない学校生活を送っていた。
 あの日以来、あゆには1度も会っていない。
 けど、後悔はしていない。自分で出した結論だから。
 そして今日も、いつもと変わらない日常が始まる。
 そう、思っていた。

「祐一さん、ちょっといいですか?」

 不意に、秋子さんが俺を呼ぶ。

「なんですか?」
「ちょっと付き合ってもらえませんか?」
「ええ、構いませんけど…」

 特に用事もなかった俺は、2つ返事で答えた。

「どこに行くんですか?」

 俺は歩きながら秋子さんに聞く。

「ええ。私の友達が病院に入院しているんです。それで今日はお見舞いに行こうと思って…」
「お見舞いですか…。でも何で俺を誘ったんですか? その人と面識はないですけど…」
「大丈夫ですよ」

 秋子さんはそう言うだけだった。

 病院に着き、俺は秋子さんと一緒に病室に向かう。

「そういえば、花か何か持っていかなくてもいいんですか?」
「そうでしたね。私が買ってきますから、先に行っててもらえますか?」
「別に構いませんけど…何号室ですか?」
「確か…1008号室です」
「分かりました。じゃあ先に行ってます」

 そうして俺は一旦、秋子さんと別れた。

「1008号室……ここか」

 俺はとりあえず病室の前にあったベンチに座って、秋子さんを待つことにした。

「さすがに俺1人で中に入るわけにもいかないしな…」

 しかし、いつまで経っても秋子さんは戻ってこなかった。

「もう30分になるな…。商店街まで戻ったとしても、とうの昔にこっちに来てもいいはずなのに」

 頭を掻きながら、俺は考えた。
 そして1つの結論を出した。

「とりあえず名前だけでも…」

 そう思い、俺はとりあえず名札を探す。

「名札は1つしかないな。個人部屋なのか…」

 そしてそのまま俺は名札に書いてある名前を見る。
 その名札を見て、俺は驚愕する。

「そ、そんなはず……」

   俺は慌てて病室のドアを開け、中に入る。

 殺風景な病室には、お見舞いの品であろう花束の数々と、役目を終えた電源の入ってない医療機器、そしてベッドが1つあった。
 そして、そのベッドの上に1人の少女がいた。
 何年も眠っていたのだろう、髪が足元の近くまで伸び切っていた。
 自分の中で驚きと喜びが互いに交錯しているのがはっきりと分かる。
 俺はその少女に近づき、ただ一言だけ声をかける。

「久し振りだな…」

 俺の言葉を聞き、少女は振り返る。
 そして次の瞬間、涙を流しながら、そして笑いながら、少女は俺の胸に飛び込んだ。

 俺の中で止まっていた何かが、再び歩き出した……。

 終わり……。



あとがき


・どうも、要です。
 名雪&あゆのSSですが、どうでしょうか。
 もともとKanonの5つのストーリーはそれぞれが非常に奥深くて完成されてます。
 しかもそのストーリーの解釈や各キャラへのイメージは個人個人で微妙に違うと思います。
 そのイメージ等をなんとか崩さないように当時は心掛けて考えました。
 あとは名雪や秋子さんの優しさと祐一への思いやり、そして祐一と名雪とあゆの辛さ。
 その辺りをもっと上手に表現出来たら良かったなと思ってます。
 最後まで読んでくれて本当に感謝します。
 でもやっぱり名雪が不憫ですね。名雪ファンの方には申し訳ないです。(滝汗)
 そんなわけで次回は名雪メインのお話なのでご安心を。

     

                       
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