前編






 2月14日、聖バレンタイン。
 聖ウァレンティーヌスとか、聖ヴァレンティヌスとか、様々な発音があるが、日本では聖バレンタインと呼ぶのが一般的だ。
 本来はウァレンティーヌスという殉教したイタリアの聖人の祭日なのだが、日本では女性がチョコレートと一緒に自分の想いを伝える日として知られている。
 あんなことがあって以来、自分には無縁な日だとばかり思っていた。
 私が誰かを好きになるなんて、思ってもいなかったから。
 なのに私はいつもより何時間も早く起きて、せっせとチョコレート作りに励んでいた。
 こういう場合、普通なら前日に夜更かしでもして作るのだろうけど、私としてはこっちの方が合っているような気がしたので、あえてそうした。
 こういうところが、実年齢より上に見られてしまう理由の1つでもあるんだろう。
 とにかく私は今、チョコレートを作っている。
 渡したい相手はたった1人。


 相沢祐一。


 私の閉ざされた心を開いてくれた、唯一の人。


「…完成しました」

 慣れないお菓子作りに悪戦苦闘しながらも、やっとのことでそれを作り終えることが出来た。
 形も整っているし、味も悪くはない。成功と言っていいだろう。
 これを箱詰めして、包装紙とリボンで飾って…。これで中身も外見も立派な贈り物に早変わり。
 けれども問題がある。それは渡すタイミング。
 こう見えても私だって女の子。やはり渡すときは2人きりがいいし、多少はロマンチックな雰囲気の方がいい。
 だが肝心の相手は教室は勿論、登校時間も通学路も学年も違うので、約束をしようにもなかなか会える機会がない。
 彼の教室に行って呼び出せばいいのだが、それでは自分の目的が一発でバレてしまう。それは少し恥ずかしい、と言うか照れる。
 常に手元にチョコレートを持って、休み時間の時に誰にも気付かれないようにこっそり呼ぶか、偶然に賭けるか、どちらかしかないような気がする。


「…もうこんな時間ですか」

 ふと時計を見ると、7時50分を回っていた。
 これ以上は考える時間的余裕がないので、とりあえずチョコレートを鞄に入れて家を出る。
 外は、いつものように雪が降り積もっていた。


 続く

                                   中編へ続く



                  
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