前編






 暖かくなってきた白く染まっている町。
 空の彩りに桜の花が加えられ、悲しみに染まっていた白き雪もだんだんと溶けはじめている。

 この町にもやはり季節があるんだな…

 祐一は桜を見上げながらふとそう思った。過去の苦い経験からずっとここの季節は冬しか存在しないのだ、と思っていたためこうして春を迎えることができること自体がとても珍しく感じていたのだ。

「あれ、どうしたんですか、ぼーっとしてますよ?」

 彼の隣には重病を克服することのできた少女、栞がベンチの上に座っていた。

「ん?いや、なんでもない」
「隠し事はだめですよ。教えてくださいっ」

 祐一は考えていたことを口に出そうとしたが、彼女のあの言葉を聞きたくなってきたのであえて否定する。

「教えてあげない」
「…そんなこと言う人、嫌いです」

 そう言って彼女は頬をふくらませた。栞が毎日かならず行ってしまう、なんともかわいらしい仕草。
 そして祐一もまたこの栞の反応が大好きだった。

 この間の冬までしか見られないと思っていたこの声を今もなお聞けることに祐一はおどろき、そして嬉しかった。羽を持つ少女が起こした奇跡はこれからもずっと生き続けるだろう。

「なあ、栞」

 ベンチに腰をかけていた祐一が今度は話しかけてきた。

「何ですか?祐一さん」
< 「今日も昼はアイスなのか?」

 祐一がそう言うと栞は返事をせずに軽く微笑みながらストールの中から大量のカップアイスを取り出した。

「やはり四次元だな」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない…」

 確かに栞のストールの積載量には計り知れないものがある。

「それでは溶けないうちに食べましょうか。はい、どうぞ」

 そう言って祐一にバニラのカップアイスを渡した。
 渡されたアイスをスプーンで食べ始める祐一。しかしあまり浮かばれない顔をしている。

「どうしたのですか?顔色が悪いですよ」

 栞もそれに気づいて心配そうな声をかけて祐一の顔をのぞくように眺めた。

「…ここ5日間ほど昼食がアイスだったよな」
「そうです。月曜日がストロベリーアイスで、火曜日がチョコレートアイスで…」

 マイペースに話を進めていこうとする栞を祐一は次の言葉でさえぎった。

「そろそろ腹に溜まるものを食べたいわけなんだが…」

 祐一は栞と付き合って以来、昼食のほとんどがアイスだった。栞は祐一のことを考えてたくさんアイスを買ってきているのだがそれでもアイスは消化がよすぎる品らしく、昼の授業が始まる頃に祐一は餓えてしまうのだ。

「そうですね……じゃあ名雪さんやお姉ちゃんたちと学食なんてどうです?」

 確かに学食を取るというのは祐一にとっていいのだが、その場合の問題点は名雪だった。
 秋子の血を引き継いでいるからなのか、名雪は見かけによらず洞察力が高い。さらにおしゃべりときているので、もし一緒に学食をするとなると考えを全て見抜かれ、それを口にして場を濁すかもしれない。

「いや、学食はやめておこう。そのかわりといっては何だが…」
「何ですか?」
「栞の料理が食べてみたい」

 前に一度祐一は栞の料理を食べたことがあった。たいへん美味ではあったものの、とんでもない量を出されて苦しんだ思い出がある。

「私の料理、そんなにおいしかったですか?」
「ああ、うまかった。とんでもない量だったがな…」
「うーん、それなら祐一さんの大好物だけ作ってきます。何がいいですか?」

 祐一の好きな食べ物といわれると、どれもこれも当てはまるような気がした。ただ、「あの」ジャムは例外なのだが…

 あごに手を当ててどれがいいのかと考えていると、ふと祐一の頭の中に浮かぶものがあった。

「そうだ、肉じゃががいい」
「肉じゃがですか?」

 祐一の答えがあまりにも意外だったと栞は感じた。冗談大好きな祐一ならば『びーふすとろがのふ』とか『ぶいやべーす』とか高級そうな料理ばかりをリクエストするのだろう、と考えていたからだ。
<  本当に予想外の回答だったので、「どうしてですか?」と理由を聞いてみると…

「俺はああいう素朴なのが好きなんだ。それに秋子さんもよく作っていたから、そのおかげもあるのかもしれない」

 あまりにも正直すぎる理由を聞いて彼女は祐一のことを少しかわいく感じていた。

「わかりました。明日3kgぐらい作ってきますので、楽しみに待っててくださいね」
「3kgって…そんなに食えないっての!」

 そうツッコんで栞の頭を軽くげんこつする。クスクスと笑ってそれを受ける栞。

「冗談ですよ。でも、きっと祐一さんが泣いて喜ぶような料理を作りますよ」
「期待しているからな。……おっと、もうこんな時間か」

 左腕の時計を見ると時計は午後1時30分を指していた。

「ちょっと今から北川たちと遊ぶ約束があるから、悪いがここでお開きだ。また明日な。」

 ベンチから立ち上がると栞の頭を軽くなでて、公園を後にした。

「料理、期待していてくださいねー!」

 そういって栞も元気よく手を振って、完全に姿が見えなくなった後で自分も公園を後にした。





「うーん、困ったなあ…」

 栞は困っていた。祐一の前ではあれだけ大きな態度をしていたのだが、実際自分の作った肉じゃがが彼の口に合うのかどうかは解からない。一応何度か作ったことがあるのだが、他人に食べさせたといえば、姉の香里しかいなかった。

「だれかからコツを学ぼうかな」

 そう思って、誰が一番見本になるのか頭の中で必死に考えてみた。

 料理が上手い…料理がおいしい…祐一さんの近くにいる人…母親的存在…

「そうだ、秋子さん!」

 思考がたどり着いた時にはその考えが足に移っていた。
 ストールをぎゅっと握ったまま、水瀬家へ走る、走る、走る…。

 祐一さんに私のおいしい手料理を食べさせてあげたい!

 頭にはその考えしかなかった。


 続く     

                                   中編ヘ続く



あとがき


・はいっ!というわけでSSを書いてみました。
 私にとってはとても久しぶりに書いたので完全に能力を失っていると思っていますが、それでも楽しく読んでいただけたらうれしいです。
 祐一が肉じゃが好きだったとか、秋子さんは肉じゃがをよく作っていた、というのは私が勝手に考えたものなので、どうか石を投げないでください(汗
 それでは中編で会いましょう!


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