中編






コンコン…


 水瀬家の玄関のドアが音を立てた。誰かがやってきたようだ。

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」

 そう言って家の中にいた秋子が玄関へと向かう。
 ドアを開けるとそこにはストールをまとった少女、栞が立っていた。

「あ、秋子さんこんにちは」
「あら栞ちゃん、こんにちは。祐一さんなら留守ですけれど?」
「いえ、今日は秋子さんに用があって来たんです」
「そうですか。それならどうぞ、家に上がってください」
「はい、それでは失礼します」

  秋子は栞をリビングへ導き、テーブルに座らせた。すかさず冷蔵庫からカップアイスを取り出し、スプーンと共に栞の前に置く。

「あ、ありがとうございます…でもどうして秋子さんが私の好物を知ってるんですか?」

 栞にとっては不思議でならなかった。もしかしたら秋子さんは思いをなんでも見通す超能力者なのだろうか、と本気で思い、まじまじと秋子の顔を見てみる。

「前に祐一さんが夕飯の時に栞ちゃんの事についていろいろと話してましたよ」

 栞はそれを聞いてやっとこの謎を解くことができた。

「祐一さんって怖そうな人だと思ってましたけど、案外おしゃべり屋さんなんですね」
「ええ。名雪の性格でも移ったのかしら?」
「確かにそれはありえるかもしれませんね」


 そう言ってクスクス笑いながら栞はアイスクリームを食べ終えた。

 が、ほとんど秋子との会話に集中していたため、あまり味のほうは堪能できなかったようだ。

「それで栞ちゃんは私に用があるみたいですが…」
「あ、はい。実は……」




・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・




「了承」
「ありがとうございますっ!」
「料理は将来にも役立ちますからね」
「将来…ですか?」
「ええ。あなたがお嫁さんになった時、旦那さんはきっと栞ちゃんの料理に喜ぶと思いますよ。」


 将来…お嫁さん…
 私の将来の旦那さん…
 それはきっと祐一さん…
 一緒に料理を食べて、一緒にお風呂に入って、ベッドの上で二人は……


「……うわわわわっ」

 そう考えると栞は一気に顔が赤くなるのを感じた。
 そして両手で顔を隠す。秋子に考えていた事を悟られないようにするための栞らしい行為。

 しかし…

「あらあら…」

 左手を頬に当て、その行動を楽しげに見つめている秋子。どうやら栞が何を考えていたのかを読み取ったようだ。

「さあ、そうとわかれば早速取り掛かりましょうか。まずは材料からですね」

 秋子の言葉により、2人による肉じゃがの調理実習が始まった。



(数十分後)



「ここで仕上げにみりんを大さじ1杯入れればいいんですね?」
「はい、そうです」

 二人の目の前にあるナベには見るからにおいしそうな肉じゃがができていた。


 おいしそうな肉じゃがを見て、栞はぐーっと背を伸ばした。

「うーん、料理ってとっても難しいものなんですね」


 そう言って目線を下に落とした。

「そうです。自分で作るものなら簡単に済みますが、大事な人への料理はとても丹念に作らないと喜んでもらえないのですよ。けれど…」

 秋子は栞の方に後ろからそっと両手を置いた。

やさしく、暖かい手…

「栞ちゃんはここまで一生懸命勉強したじゃないですか。祐一さんは一生懸命やった事に対して悪いことは言わない人です。だから、自信を持ってください」

 秋子の言葉はそのまま栞に勇気を与えた。
 そして、栞はたまらなく嬉しくなって両肩に置かれた秋子の手の片方をきゅっとにぎった。

「ありがとう…ございます」
「ええ。がんばってください」






午前3時。

 こっそりと栞はベッドから起き上がり、自分の部屋を後にした。
 行き先はキッチンだ。

 この時間帯だと誰も見る人はいないため無理な心配をかけずにすむうえ、誰からも手を借りずに自分だけの、純粋な祐一への想いを形にする事ができる。

 栞は真剣だった。


パチッ

 スイッチの音がすると共にダイニングキッチンが明るくともされた。
 誰もいない調理場所には寂しく肌寒い冷気だけが取り残されており、思わず両手に息をかけた。

「(はーっ、はーっ、)」

 息をかけて手をこすると共に体から眠気が飛んでいき、徐々に体は覚醒していく。

「さて、はじめますか」

 栞らしい気合の言葉を入れると、材料をそろえるために冷蔵庫に手をかけようとした…


 …その時だった…


ガチャッ…


「えっ…?」

 栞以外に誰もいないと思っていた部屋にもうひとつの影。
 栗色でウェーブのかかった髪が特徴的な、とても大人びた魅力あふれる女性。

「…お姉ちゃん」
「ふふ、やっぱり栞だったのね」

 パタン、とドアを閉める。

「なんで私がここにいることがわかったの?」
「あたしは栞と血のつながった姉よ?何でもお見通しなの」

 そう言うと香里はクスクスと笑った。

 もちろん見通せたわけではない。ただトイレへ行こうと部屋から出た時にキッチンから光が漏れているのを香里は見ていたのだ。
 そして『女の勘』というやつなのだろうか、そこにいるのは栞だとすぐに思った。

…よし、主導権は完全にあたしの物だ…
 立場は完全に香里が有利のように見えた。ただでさえ気弱な(祐一の前ではそうではないが…)栞が何か秘密ごとをしているときに目撃されたのだ。
 間違いなく尋問に全て答えてくれるだろう。


そして…

「どうしてこんなところにいるの?」
「お料理をするため…」
栞は…

「どうしてお料理をしているの?」
「大切な人に食べてもらいたいから…」

催眠術にかかったかのように…

「ふうん…で、その大切な人って?」
「…祐一さん…」

香里の質問を答えていった。

 だが…

「そうなんだ。なら手伝ってあげようか?」
「それは駄目ですっ!!」

 完全に香里の魔法にかかっていたかのように思われた栞だが、もっとも重要なところを質問された時には姉であっても厳しい口調で返した。

「この料理だけは…私だけで作りたいんです。私の想いがいっぱいに詰まった料理を…祐一さんにもらってほしいんです…」

 そう言うと栞は顔を赤らめ、下を向いてしまった。よっぽど恥ずかしい言葉を言ってしまったのだろう。

「そっか…。それならあたしの出る幕は無いみたいね」
「うん…。ごめんね、お姉ちゃん。せっかく来てくれたのに」
「ううん、いいのいいの。かわいい妹の心を裏切るような行為はしたくないから」

 そう言って香里は彼女の近くまで近づいて、しゃがんで下から栞の顔を見上げた。  そしてやさしい笑顔でこう言う。


…栞はね、あたしの妹なんだから一人でやるぐらい強くなくっちゃ…







午前7時30分。  栞を心配しきれなかった香里は、結局キッチンの近くにあるソファで眠っていた。

 目を開けると共に漂ってくる少し甘いような匂い。

 それが香里の鼻をかすめると共に、彼女はゆっくりと起き上がった。

 キッチンを見回す。
 壁にもたれかかって栞が眠っているのを発見した。
 安らぐような、かわいい寝顔だ。
 そしてガスコンロの上にはナベが置いてある。

「こんなところで寝たらカゼをひいちゃうのに…」

 苦笑して香里は自分にかけていた毛布を栞のおなかの上にかぶせる。

「何を作ったのかしら…?」

 ナベのふたに手を掛け、開けてみる。

 少し甘いような、そんな匂いと共に栞が作った肉じゃがが姿を現した。

 香里の頭の中に『味見』という言葉が浮かんだ。

 しかしこれは祐一のために作ったものだ、妹の期待を裏切る事などできない。
 香里は指をくわえてそのおいしそうな肉じゃがを目で味わうしかなかった。

 あの強がりな性格…あたしのが移っちゃったのかしら?

 そういう考えがふっと現れて、思わず顔がニヤけてしまった。



 この日曜日はきっと栞にとって大きな日となるだろう。


 続く     

                                       後編ヘ続く



あとがき


・今回は祐一無しで、姉妹や秋子さんとのやりとりなどをメインに書いてみましたがいかがでしたでしょうか?
 しかし今読み直してみると私の書く香里はなかなか小悪魔的な性格していますな…(汗
 私が思うに香里と栞はけっこう性格が違っていたりしていますが、大事なところではキッパリと言う所がとても似ているように感じているんですよ。

「香里と栞…さあ、彼女にするならDOCCHI!?(爆)」

 とか関○と○宅に言われたら…うーむ、どちらを選びましょうかね?
 まあここはあえて名雪と答えておきましょうかな(違

 それでは後編で会いましょう!


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