後編






午前11:30分。

 祐一の持っていた腕時計はその時刻をさしていた。

日曜日の昼時。
栞と約束をした時間。
噴水の綺麗な公園。
ベンチに座る俺。

 彼女の事だ、なんだかんだで結局遅れてくるに違いない。
 それまでに俺の腹が持てばいいのだが・・・

 祐一がそんな風に考えている時に、公園入り口から待ち人がやってきた。

「ゆういちさーん」

 ストールをなびかせ、パタパタと走る姿はとても愛くるしい。
 布に包まれた四角い箱を大事そうに抱えている。

「おっ、意外と早かったな」

 祐一の目の前までやってくると、栞は軽く息を切らした。
 それでも顔はとても満足しているような、そして何かを期待するような表情をしている。

「祐一さん、お腹すきましたか?」
「いまならあのバケツ級のパフェが腹に収まるぞ」

 それを聞くと栞はクスクスと笑った。

「そうなるだろうと思って、たくさん作ってきたんですよ」 「・・・・単に作りすぎただけじゃないのか?」

・・・・図星・・・・

 栞は一瞬ギクリと体をふるわせた。

「・・・・そんなこと言う人嫌いです」

 頬を軽く膨らませて、下を向いてしまう栞。祐一は彼女を気遣って声を掛けた。

「でも俺は栞の料理が腹いっぱい食えることが嬉しいぞ。うん」
「むー、本当ですか?」
「俺が栞に嘘をついた事あるか?」

 たしかに祐一は正直者である。むしろ、バカ正直ともいえる態度を取ってしまったが故に何度も栞を困らせ、怒らせた事がるくらいであった。

「わかりました。それでは遠慮なく召し上がってくださいね」
「よし、それじゃあいただくとするぞ」

 栞から大きな弁当箱を渡され、祐一はまず包みをほどく。
 次に弁当箱のフタを取り除いた。

 中にはご飯と肉じゃがが半分の割合できっちりと弁当箱の中に詰まっていた。

「おいしそうだな」
「そ、そうですか?」

 まだ食べてはいないけれど、ただの見た目だけであっても、祐一は褒めてくれる。
 彼女は嬉しかった。

「よし、それじゃあいただきます」
「は、はい・・・」

 祐一が割り箸を二つに割ると共に栞の心臓の鼓動は高鳴り始めた。

 じゃがいものかけらを割り箸でつまんで、そのまま口へと運ぶ。
 それを食べている祐一の姿を見ると共に、栞は少しづつ動揺し始めていた。

・・・おいしいって言ってくれるかな、それとも・・・・

 それをのどに通すと、祐一は一度栞のほうを向いた。

「なあ、栞」
「は、はいっ!」

 明らかに動揺している返事。今にでも緊張で押しつぶされてしまいそうだ。
 いまから彼が答えを出す。そう考えただけでも期待と不安が両脇から押し寄せてきて、自分の思考を乱してしまう。

「これ・・・秋子さんから教えてもらっただろ」
「・・・・・・え?」

 考えてもいなかった返答に、一瞬気が抜けてしまった。

「ど、どうしてわかったのですか?」

 栞が質問を投げかけると、祐一は少し笑いながら答える。

「当たり前さ。この肉じゃが、秋子さんのと味が似ていてね。けれどもちょっと味付けが秋子さんのよりも甘味なものがあったぞ」
「そ、そうですか・・・」

す、すごい・・・・・

 味すら分析していた祐一、いや訂正、祐一の舌に栞はとても関心を覚えていた。

 そして、ついに彼女は確信を突く事を決心した。

「あ、あの・・・祐一さん?」
「・・・・・・ん、どうした?」

 夢中で弁当の中身を食べていた祐一は、割り箸を止めて栞の方を向いた。

「わたしのお弁当・・・・いかがでしたか?おいしくなかったですか?」
「おいしくないわけないだろ」

 即答だった。しかし返答が早すぎて、かつ紛らわしい言葉だったため、正確に栞の耳には聞こえていなかった。
 栞はもう一度言うように要求しようとしたがそれよりも先に祐一が言葉を放った。

「これぐらいの甘さのほうが俺はおいしいと感じている。お世辞じゃないぞ」
「ほ、本当ですか!?嘘じゃないですよね?」
「だから俺は嘘をつかないって・・・・・・・・・・ぬおっ!」

 自分の作った料理をおいしいと言ってくれる。ほとんどの女性は嬉しいと感じるだろう。
 そして栞も例外ではなく、その喜びを表すかのように祐一に抱きついた。

 祐一の横から強く、しがみつくかのように。

「・・・うれしいです・・・」
「・・・えーと、栞。今俺は昼食中なんだが・・・」

 祐一も女性に抱きしめられるのは嬉しかった。しかし、このときばかりは空腹と味のいい栞の弁当のほうが祐一の欲求を満たしていたようだ。

「あっ・・・すいません、つい・・・・」

 栞が腕をほどくと、また祐一は箸を進め始めた。









 栞の肉じゃがは最後まで食べても全く飽きが来なかった。

「ごちそうさま、栞・・・・・・ん?」

   祐一はベンチの横を向いて栞を見たが、栞本人は下を向いたまま座っていて、何も返事が返ってこない。

・・・どうしたんだ?もしかしたら病気が再発したのか・・・・?

 そう思って祐一は栞の顔へ耳をやった。息をしているかどうかを確認するためだ。

・・・すー・・・すー・・・

 聞こえてきたのは小さな寝息だった。
 よかった、と祐一は胸をなでおろす。

 これを作るために相当の時間と労力がかかったんだろうな。

 祐一の考えは正しかった。
 実際栞は深夜に起きて、数時間もかけてこれを作っていたのだから。

 栞の眠りを妨げるわけにはいかない。そう思った祐一は、栞の頭を自分の太ももの上に置き、あおむけに寝かせた。
 祐一は眠る彼女の顔を見下ろす。そのかわいい寝顔は何にも形容しがたい。

あえて言うなら天使・・・かな?

 そう考えると彼はふっと顔を緩ませる。

天使と形容できる人から料理を馳走してもらえるとは・・・俺はかなりの幸せ者だな。









 祐一が眠りから目覚めたころにはもはや太陽が山の中へ沈もうとしていた。

「むむ、俺まで眠っていたとは・・・・不覚だ」

 そして目の前にいる天使はというと・・・未だに眠っていた。

・・・・仕方ない、おぶって帰るか・・・

 そう思って祐一は眠る栞をベンチにすわせる体勢に動かした。
 太ももの障害が無くなって、祐一は立ち上がる。

「うっ、寒い・・・・」

 春の夕暮れいえども、ここは北海道。気温は低い。
 しかし祐一は寒がる自分の体を気にせず、病弱な栞の体をいたわった。

栞がカゼひくとまずいしな・・・

 着ていた上着を一枚脱ぎ、彼女の腕に通す。もう1着ストールが増えたように見えた。
 ストールの中に上手く弁当箱をしのばせ、栞をひょいっと背中から背負った。
 相変わらず少女の体は羽のように軽い。

 夕焼けに照らされながら、大きな影はゆっくりとベンチから立ち上がり、公園を後にした。



ザッザッザッザッ・・・・・・・

 祐一は近くの海岸線の砂浜を歩いていた。
 ここから栞の家まではかなりの距離がある。こうやって歩いていたならば確実に日が暮れてしまうだろう。
 バスという手もあったが、あえてそれには乗らなかった。
 祐一は海の方向へ目をやる。

 空は赤く焦がされ、水平線へゆっくりと沈もうとする太陽。

 もし栞がここで目を覚ましたならば、きっとその光景に酔いしれ、とても喜ぶだろう。
 だから祐一はこの長く続いている砂浜を歩いているのだ。

「・・・・・・・・・・・・さん・・・・」

 背中から聞こえる、うつろな声。

「え?」
「祐一・・・・・・さん・・・・」

 それは栞の寝言だった。
 祐一は何も言わずにそれに耳を傾ける。

「・・・・・・・スキ・・・・けっこん・・・・・」

好き?結婚??

「栞・・・・かなり恥ずかしい事言っているぞ・・・・」

 祐一は顔を赤らめながらつぶやくように言う。完全に眠りの中で安らぐ彼女にはまったく聞こえる事はない。
 しかし夢の事であっても、素直に自分のことを好きだと言ってくれる。この隠しようの無い事実が何よりも嬉しく感じる事ができる。
 祐一は立ち止まった。

・・・栞をここで抱きしめたい。全身にぬくもりが伝わるまで・・・

 だがそれはできなかった。もしここで唐突に抱きしめたら、栞が起きてパニックを起こして、嫌われるかもしれない。

「ここは我慢・・・・だな」

 そう独り言をつぶやいて、また砂の上を歩き始めた。

すると・・・

「あれ・・・・・祐一さん?」

   こんどは今さっきと違った、しっかりとした声。
 栞は眠りから覚めたのだ。

「ぐっすり眠れたか?」
「あ、はい。でも・・・・ここは・・・・?」

 その言葉を待っていたかのように、祐一は次の言葉を放った。

「右を見てみろ」

 祐一の背中にいる栞はゆっくりと首を右へ向けた。

 空を赤と青、指で数えれるぐらいの小さな星が彩り、水平線では熱く燃える太陽が半分海の彼方へ沈んでいた。
 めったに見られない海沿いの絶景。栞はもちろん目・・・いや、それどころか心すら奪われていた。

「わぁ・・・・きれいです・・・・」
「だろ?」
「うーん、こんなことならスケッチブック持ってくればよかったですね」
「ああ、まったくだ」

 そしてどちらからとなく、笑い始めた。
 当たり前の会話、できないと思われたことがまたこうして行う事ができる奇跡を二人はこの時確かに感じたのだ。

「祐一さん」
「どうした?」
「私・・・今さっき夢見てたんです」
「夢・・・・・か」
「私と祐一さんが立派に大人になって、またあの公園でデートする夢です」
「お、未来の夢か。なかなか面白そうだな」
「さて、ここで祐一さんに問題です」
「問題?」
「私は夢の中で祐一さんになんと言ったでしょうか?」

・・・・あ、答えがわかった。

 というより、俺は先に答えをカンニングしてしまったようだ。
 ちょっと意地悪してみようかな?

「じゃあ、ヒントをくれないか?」
「ヒント・・・ですか?」
「ああ。言葉では表さない、行為だけで表すようなヒントを・・・」
「・・・・これがヒントです・・・・」

 彼の背中から前に乗り出し、そのまま彼の唇と彼女の唇を重ねる。
 ただ重ねるだけの幼稚なキス。だが、それだけでも好意を証明するには十分すぎるものであった。

 そして唇を離す。

「今のヒントで答えは分ったぞ」
「・・・それじゃあ、答えは何ですか?」
「その答えは・・・・・・・・・」











夕暮れの砂浜

一組の男女

彼女は彼の背中を抱いて

彼は背中のぬくもりを感じて

普通の会話をし

そして

二人の愛を説きながら

この砂浜を歩く。

二人が残した足跡は

困難の波にさらされず

消される事は無いだろう。

いつまでも

どこまでも



 (Fin)     

                                  

あとがき


・ぬわっ!自分で書いててなんだか作中の二人がうらやましくなりました(ぇ
 けっこうラブラブ志向でしたが、やっぱりありがちな終わり方でしたかね?
 でもやっぱり相思相愛っていうのはすばらしいですよ、ええ。
 近頃の社会では金目当てであったりとか、ファッション気取りで付き合ったりとか、相手同士が愛を感じていないのに交際するという事が多いと思います。
『相手がパートナーを求めるからこそ、初めて恋愛が成り立つ』私はいつもその考えを念頭においております。
 そしてその考えを文章上で表してみたのがこの作品だったというわけです。
 この作品を見ている方々は、もう一度自分の心にある恋愛の価値観を見直してみてはいかがでしょうか?きっとよりよい価値観を発見できるはずです。
 それでは今回はここらで失礼いたします。



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