逮捕しちゃうよっ!!名雪&香里





 台風近付く華音市を暴走するランチアデルタ、それを追って潤は街を駆ける。
 一方、名雪と香里は栞からみちる達から預かった猫の容態が急変した事を告げられる。
 暴走ランチアを止める為、猫を救う為、それぞれの戦いが今始まる・・・

第六報告書 「華音タイフーンラリー(後編)」



 トラックの横転事故の処理を他の署員に任せ、署へと戻って来た二人。

ダダダダダダダダダッ ガチャッ


「栞ちゃん、猫さんに何があったの?」


 名雪にしては珍しく大声を上げて交通課へ飛び込んで来た。

「あっ、名雪さん静かにして下さい。今猫さん眠ったところなんですから。」
と、バスケットを自分の机に置いて猫を看ていた栞がたしなめる。


「あっ、ごめんね。それで容態は?」
すぐに謝り、声のトーンを落とす。

「急に高い声で鳴き出して、お水や餌も食べてくれないんです。それにとても苦しそうで・・・」
「う〜〜、可哀想だよ〜。」
二人して困っていると・・・

「あらあら、この子妊娠してるみたいね?」
バスケットの猫を見て秋子課長が言う。


「ああっ!? そういえば、良く見るとおっぱい大きくなってます。」
「そっかぁ、それでお腹だけが大きかったんだね。」
「だったら、一刻も早く病院へ連れて行って上げないといけないわね。」
「そうね、そろそろ産気づいてくるはずよ。」



「名雪と香里ちゃんは診察してくれる病院を探してそこへ向かって。何かあったらこちらから指示を出すから。栞ちゃんは私と一緒に署で待機。北川君と二人のサポートをして頂戴。」

「「「了解しました、課長」」」



 それから二人はトゥデイに乗り込み、街へ走り出した。香里が運転し、名雪は猫のバスケットを抱えて猫の様子を看ている。
 ちなみに、名雪は猫アレルギーが対策の為にマスクを付けていた。今までは距離を離して見ていたから良かったが、今度はすぐ近くで猫と看る事になったからである。 

 それからしばらく二人で病院を探して走り回っていると・・・


PiPiPiPi


「はい、こちらミニパト4号。」
「お姉ちゃん、永遠市の椎名動物病院が見てくれるって言うから急いで行って。」
「了解、ありがとう栞。」
「ううん、それは良いから猫さん助けてあげてくださいね。」
「うん、分かったよ。急ごっ香里。」
「ええ、急ぎましょう。」

 その頃暴走ランチアを追っていた潤もこの通信を聞いていた。

「動物病院?何を始めたんだあいつら?」
と不思議がっていた。

「まぁそれはともかくあの野郎・・・見つけたらただじゃ済まさねぇ。」







ビョオオオオオオオオオウ メキッ バキバキバキバキ ブツン バチッバチバチバチ ジジジジジジッ

 ちょうど同じ頃、強風により街のあちこちで木が倒れ、それが電線を引っ掛けて切ってしまい、街のほとんどが停電状態になってしまった・・・

 それから更に時間が経って、名雪達は椎名動物病院に到着し、診察してもらっていたのだが・・・

「う〜ん、これは予断を許さない状況ですね。この猫の赤ちゃん逆子のようです。」

 獣医が名雪と香里に深刻な顔で告げる。

「あの、なんとかなりませんか?」
名雪も泣きそうな顔で懇願するが。

「ウチも停電のせいで器具がほとんど使えない有様なので・・・ どこか他の大きな施設の動物病院ならなんとかなりそうですから付近の獣医師会に連絡を取ってみましょう。」

「「お願いします。」」



「栞ちゃん、停電なら停電だってもっと早く連絡してよ〜。」
名雪が署に通信を入れてぼやく。

「ごめんなさいです。でも、こっちも大変だったんですよ。予備電源に切り替わるまで身動き取れなかったんですから。」
「それはしょうがないから良いわ。それより獣医さんの話だとここから反対方向の大空市にある動物病院なら診てもらえるって話よね?時間が無いから永遠市の南森料金所から高速に入って一気に大空市まで行くわよ。」
「うん、おっけ〜だよ。」

「あっ、永遠市から大空市までの高速道路は現在閉鎖中ですよ〜。」
「ええ〜っ!?そんな大事な事はもっと早く言ってよ〜。」
「えう〜、でもこれは2日前から通知出てましたよ〜。」
名雪と栞が揉めてる横で香里は何やら思案していたが、
「現在閉鎖中って事は、今は誰も使っていないって事よね?」
とぽつりと呟く。

「あ、あの〜お姉ちゃんもしかして・・・?」
「これよりミニパト4号は南森料金所から大空市へ向かいます。じゃあね、栞。」

プツン


 一方的に宣言すると、香里は通信を切ってしまった。

「あ、あはは・・・(汗)」
栞は署の机で一人冷や汗をかく羽目になった。







ビョオオオオオ ザザザアァァァァァ ブオオオオオオオオ ブロロロロロロロロ



 台風の中の高速道路をトゥデイが駆け抜ける。

「もう少しの辛抱だよ。絶対に病院に連れて行ってあげるからね。」
猫の寝ているバスケットを覗き込みながら優しく微笑んで呼びかける名雪。その姿はまるで聖母さながらである。

「ふぅ〜ん。」
「な〜に香里?わたしの顔に何か付いてる?」
首を傾げる名雪に香里は、
「ううん、違うわ。なんだかあんたが秋子課長みたいに見えたから。」

「そりゃあ親子だもん、似てるはずだよ。」
「そういう意味じゃないわ。そうね、お母さんって雰囲気が感じられたのよあんたに。それが意外だなって思っただけ。」
「それはひどいよ〜。わたしだってそれくらいできるもん。それに、わたしだって香里がこんな無茶するなんて思わなかったよ〜。」
「確かにあたしらしくないかもしれないけど、でもあたしだって理論だけで動いてるわけじゃないのよ?」
「うん、また少し香里の事が分かって嬉しいよ。」
「あたしもよ。」
「それじゃあ、おあいこだね。」
「そうね、おあいこね。」

「「うふふふふふっ。」」

 そんな和やかな雰囲気で高速を走っていたが・・・


グオオオオン ブオオッ ギャギャギャギャギャギャ

「ええっ!?」


 トゥデイのバックミラーの中に黄色のランチアデルタが飛び込んできた。

「誰もいない高速道路は格好の暴れ場所か・・・不味いわね。」
香里が舌打ちする。

ギャギャギャッガンガンゴツッ ガツン


「はぁ〜っはっはっはっはっははははぁ」
ランチアの男は車内で狂ったように笑う。

「正気なの!?こんなスピードと雨の中でぶつけてくるなんて。」
「どうしよう、香里〜。」
「くっ、なんとかやり過ごすしかないわ。じきに大空市に入れるし。」
「うん。」

 だが、抜けそうで抜けない嫌な間隔で迫るランチアに突破口を見出せない。
 ランチアの男は彼女達の焦燥を楽しんでいた。

「ねぇ、ニトロを使うわけにはいかないの?」
「無理ね、この雨の最悪な視界とタイヤの接地力の悪さの中で使うのは自殺行為だわ。それに・・・」
「そっか、猫さんが耐えられないもんね。」
「そういうこと、なんとか凌いでみせるわ。」

 しかし、トゥデイは次第に追い詰められていた。

「ねぇ香里ぃ〜、もう大空市まで頑張らなくて良いよ。今は逃げよう?このままじゃ香里が参っちゃうよ。わたしそんなの耐えられないよ。」
名雪は真剣な顔で訴える。

「・・・そうね、今乗っているのはあたし達だけじゃないものね。分かったわ、次の料金所で降りましょ。」
高速道路の案内板を見ながら答える香里。

 もうすぐ近くの料金所にさしかかろうとした時、ランチアが料金所側に割り込んできた。

「駄目っ、読まれてる。これじゃあ逃げられないわ。」
「そんな〜。」
二人が本気で追い詰められていたその時。

グオン グォォォォォォォン ドガッ


 料金所の方から一台の白バイが飛び出しランチアの窓に蹴りを入れた。そして、脳天気な台詞がトゥデイの通信機に入ってくる。

「よう、お二人さん。話は栞ちゃんから聞いたぜ、病人かかえてちゃバトルは無理だろ? ここは俺が引き受けたぁっ。次の料金所で降りてとっとと病院行きな。」

「うわぁい。潤ちゃん、かっこいいよ〜♪」
と夢見る乙女のような顔で瞳うるうるな名雪。

「名雪、その顔はやめて・・・(汗)」
香里はジト目で突っ込む。

「冗談はともかく、北川君は大丈夫なの?」
「俺は、美坂のチューンしてくれたコイツ(KLE)を信じてる。だから心配するな、俺は勝つ。華音署の不死鳥の名に懸けてぇぇぇぇっ。」
どこかで聞いたような熱い台詞を吐きながらランチアを牽制する潤。

「それじゃあ、後は任せるけど負けたら承知しないわよ?」
「任せとけって。」

 合流した後に見えた料金所でトゥデイは高速道路から抜けた。

バッシャア ギュギュギャギャギャッ


 なおも追いすがろうとするランチアだったが、潤がリアタイヤを滑らせてフロントガラスに水をぶっ掛けた為に運転が乱された。

「どこ見てやがる、お前の相手は俺だろうがっ?」
掌でおいでおいでとランチアを挑発する潤。

「ぐうぅぅぅっ、があぁぁぁぁぁぁぁっ。」
完全におちょくられてランチアの男は吠えた。

「そうだ、それで良い。去年の借りを返させてもらうぜ。」

 こうしてランチアと潤の雨の中のバトルは開始された。


「ねぇ香里ぃ、本当に北川君大丈夫かなぁ?」
「大丈夫よ、潤ちゃんならきっとやってくれるわ。」
不安げな名雪に笑顔で返す香里。

「ああっ〜?香里今潤ちゃんって言った〜。うんうん、やっぱり潤ちゃんが一番だよね〜♪」
「あ、あんたがあんまりにも潤ちゃん潤ちゃんって連発するから移っちゃったじゃないの。」
猛然と抗議する香里だが顔がゆでだこのように真っ赤。

「照れなくったって良いよ〜、いずれそういう風に呼ぶ事になるんだし。ねっ?」
「何よそれ?勝手に決めないでよね。」
「うわぁっ、香里分かったよ〜。分かったから前見て運転してよ〜。」
「良くないわよ。だいだいあんたはねぇ・・・」
車内では香里と名雪は大騒ぎ。しかも香里は脇見運転。

ギャギャギャギャ ブオンブオン ギャギャギャギャ


 トゥデイは病院へ向かってこれでもかってくらいに蛇行しながら走って行った。





 一方その頃高速道路ではランチア男と潤の熾烈なバトルが繰り広げられていた。

グォォォォン ギャギャギャギャ ブオッグロロロン ガッ ガコッ 

「この野郎っ。」
 

ドカッ

 お互いがつかず離れずな距離で牽制し、ランチアが転倒させようと壁と車に挟んで寄せてくるのをドアを蹴って回避する潤。こんな一進一退の攻防を続けていたが、やはり二輪では四輪には分が悪く、追い詰められていた。

「このままじゃ去年の二の舞だぜ・・・ 美坂にチューンしてもらって負けたとあったらあいつに顔向けできねぇじゃねぇか。幸いこの先には急カーブがある、仕掛けてみるか。」

 覚悟を決めた潤は一気に加速してランチアの前に飛び出した。それをチャンスとばかりに後ろから追突して勝負を決めようと加速するランチア。

ガンッ ガンッ ガンッ ガッガツッ


「くっ、もう少し、もう少しだ・・・ もうちょっとだけもってくれよ。」
後ろからの追撃に必死に耐える潤。



「よっしゃあっ、今だっ!!」

 急カーブにさしかかったところで急加速してアクセルターンを決め、ランチアの後ろに回りこんだ。
 潤のバイクテクニックと香里の完璧なチューンが晴天時でさえ危険な技を成功に導いた。

「!?っ。うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ。」

ガッシャアッ ガリガリガリガリ ズルズル ボンッ



 目の前にあった標的を見失い呆然となった一瞬にランチアはあっさり壁に衝突し、さんざん壁に車体を擦り付けてスピンして止まった。衝撃でボンネットも開いていた。

 潤を追い詰める事に夢中で先のことを全く読まなかったが故のあっけない敗北であった。そして、台風の時期にしか走らないランチアよりも、何度もこの付近をパトロールで地理と走り方について熟知していた潤の経験差の勝利でもあった。

 
バタンッ ゴロゴロゴロ


「うがぁっ、ひぃひぃっ。」
ドアを開けて転がり落ち、這いつくばっている男を見下ろして、
「ようっ、去年は世話になったな?借りはこれで返したぜ。それとてめぇに一つ言っておく事がある・・・」



「いいかぁっ? 子供の近くを通る時は、周囲に気を付けてできる限り事故の要因を排除して徐行して通れっ。」


「人の安全も考えられない奴は、いつまでたっても三流ドライバーのまんまだぜ? よぉぉぉっく覚えておくんだな?」
「ぐっ、うああっ。」
いつになく厳しい口調で説教する潤に男は力なく頭を垂れた。






「美坂、俺勝ったよ、さんきゅ〜な。」
潤は空を見上げて笑顔で香里に感謝した。

 雨は冷たかったけれど、戦いの後の熱くなっていた潤には心地良かった・・・


 香里達はと言うと、大空市の病院まで後少しのところで増水に道を阻まれていた。

「もう一刻の猶予も無いわ。名雪、すぐに迂回して別の道を探すわよ。」
「無理だよ香里。」
「どうしてっ?」
「この地点で増水しているって事は他の所も増水していて道が無いんだよ。」
「そう。 ・・・名雪、あんたの出番ね。」
「うん、そう言うと思ってたよ。」

 二人はトゥデイを降り、中に入っている名雪のモトコンポを出した。

 この名雪のモトコンポは香里の手によって改良が施され、様々な面で能力が向上している。ちなみにこのバイクには、名雪が大好きな可愛くディフォルメされた蛙のぬいぐるみ(けろぴーと言う)のシールが貼られている。
 このモトコンポ別名けろぴーMK−U。 MK−Tは名雪の部屋にあるぬいぐるみである。
 MK−Tのけろぴーはいつも名雪が抱いて寝てるそうな。非常に羨ましい・・・

「よいっしょっと。うん、これなら行けるよ香里。」

 なんと名雪は街の民家の塀の上にモトコンポを乗せた。水を避ける為に塀の上を走って病院まで行くつもりのようだ。
 それから名雪は猫の入ったバスケットを背負ってモトコンポに乗る。

「名雪、この子と赤ちゃんの命はあんたにかかってるわ。気を付けてね。」
真剣な顔の香里と、

「大丈夫だよ〜、わたしの猫さんへの想いは台風なんかに負けないよっ♪」
とのんびりした声ながらも気合十分の名雪。

「それじゃあ、行ってくるね〜。」
「頼んだわよ〜、あたしもすぐに追いつくから。」



ボッボッボッボッボ ブゥゥゥゥゥゥゥゥン


 普通なら晴天時でも危険極まりない行為だが、名雪の人並みはずれた身体能力はまるで平地を走るかのように走って行った。

「ふふふっ、猫が絡んだ名雪は台風さえも敵じゃ無いのね。」
と無事に辿り着く事を確信して微笑む香里。

「さぁ〜て、あたしも急いで病院への道を探さないとね。」
そう言ってトゥデイへと乗り込んだ。

 それから10分後に名雪は無事病院に着き、猫はその1時間後病院内で元気な白の子猫2匹と黒の子猫3匹を無事出産した。名雪が言うには「パパはやっぱり安藤さん家のシロちゃんだったんだね。」だそうな。
 それから送れて30分後に香里は病院に到着した。







 台風が通り過ぎた翌日、大空小学校の前にトゥデイが止まっていた。
 その中で名雪と香里が眠っていて、車のボンネットの上には母猫と5匹の元気な子猫が入っているバスケットが置かれていた。
 それを見つけたみちる、神奈、志野姉妹は画用紙いっぱいに大きく


「名雪お姉ちゃん、香里お姉ちゃんありがとう」


 と感謝の言葉を書いてフロントガラスに挟んだ。
 それからしばらくして目を覚ました名雪と香里はこれを見つけて微笑み、安藤さんの家へ猫を届けにトゥデイを走らせるのであった。



 次回に続くよ〜



                                   第七報告書へ続く



                     
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