ナボコフの伝記から(1)

 2000年『ナボコフ短篇全集』第T巻が出たとき、本のカバー折り返しに載った作者紹介に文句を言ったことがある。「1919年、ロシア革命で家族とともにドイツに亡命」と「1923年からベルリンに住み」の2箇所についてだ。幸い編集者はその文句を聞き入れてくれ、翌年出た第U巻ではそれぞれ「1919年、ロシア革命で家族とともにイギリス経由でドイツに亡命」、「1922年からベルリンに住み」と改められた。
 ところが2004年に同じ出版社から出た『ナボコフ=ウィルソン往復書簡集』の折り返しを見てびっくりした。上記の箇所がまた「19年、家族とともにドイツに亡命」、「23年からベルリンに住み」と第T巻の誤った記述に戻っていたからだ。ナボコフがケンブリッジを卒業してベルリンに住むようになったのは1922年からだし、1919年4月にロシアを出国したナボコフ一家は、5月からイギリスに居を構え、秋からナボコフはケンブリッジに入学する。そして、イギリスでの活動に見切りをつけたナボコフの父が次の活動拠点にベルリンを選んで、一家でベルリンに移るのは翌20年夏のことだから、1919年にドイツに亡命という記述は正しくない。
 さらに、昨年出た『ロリータ』の新訳(出版社は同じではない)の折り返しにも、「1919年、ロシア革命により家族でドイツに亡命」が繰り返されているのを見て言葉を失った。どうやら英語作家になる以前のナボコフについては、日本ではおおざっぱな理解しかされていないようだ。