ナボコフこぼれ話(その3)

○ローズ伯母さん

『マーシェンカ』の第4章の終わりに、クララが奇妙な夢を見る場面がある。邦訳(大浦暁生氏訳)から一部を引こう。「やがて眠りにつくとばかげた夢を見た。市街電車の中でローズ伯母さんにとてもよく似た老婦人と隣合せの席になり、その夫人が早口のドイツ語でしゃべっている」というのだが、この「ローズ伯母さん」は、英語版ではher Lodz auntとなっている。人名にしてはLodzとは不思議な綴りだが、ロシア語版で見ると意味ははっきりする。ee tetku, zhivshuyu v Lodziすなわち「ロージ」に住んでいた伯母さんだ。そして、「ロージ」とはポーランドの地名で、ふつう「ウッチ」もしくは「ウーチ」と表記される。

さて、これだけなら単なる揚げ足取りだが、最近ユダヤ関係の本を読んでいて、「ウッチ」はユダヤ人の町と言っていいほどユダヤ人人口が多いことを知った(一説によれば、人口の三分の一がユダヤ人だったという)。クララをユダヤ人とする論を読んだとき、なぜなのか不思議に思ったが、おそらくこの記述もその論拠の一つなのだろう。ナボコフ世界ではやはり細部は思いがけない情報を与えてくれるものだ。