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なげいて帰った者 ゆうべ枕べにたれかがやってきて しきりに何やら云ったけれど 何をいっているのかちっともわからないので黙っていたら それはたいそう嘆いて帰って行ったが いま思い出してみるとどうやら昨夜の月夜にミルク色にかすんでいた空から降りてきたお月様らしかった 「一千一秒物語」稲垣足穂 |
ある晩の出来事 ある晩 月のかげ射すリンデンの並木道を口笛ふいて通っていると エイッ! ピュン! たいへんな力で投げ飛ばされた 「一千一秒物語」稲垣足穂 |
THE MOONMAN ホフマンスタールの夜景に昇った月の中から人が出てきて 丘や池のほとりや並木道を歩きまわって 頭の上に大きな円弧をえがいて落ちる月の中へ再びはいってしまった その時パタン!という音がした 月の人とは ちょうど散歩から帰ってきてうしろにドアをしめた自分であったと気がついた 「一千一秒物語」稲垣足穂 |
キスした人 お月様が夜おそくパリーの場末を歩いているとうしろから顔をねじ向けて無理にキスした者があった アッと声がして 向こうの街かどを曲がってゆく後姿をガス燈の下に見た お月様はあの人だと思ったがそれがたれであるかはわからなかった お月様は三日間いっしょうけんめい考えた そしてそれはとうとう 判らずじまいになってしまった 「一千一秒物語」稲垣足穂 |
自分を落としてしまった話 昨夜メトロポリタンの前で電車からとび下りたはずみに自分を落としてしまった ー ムーヴィのビラの前でタバコに火をつけたのも ー ー かどを曲がってきた電車にとび乗ったのも ー ー 窓からキラキラした灯と群衆を見たのも ー むかい側に腰かけていたレディの香水の匂いも みんなハッキリ頭に残っているのだが 電車を飛び下りて気がつくと自分がいなくなっていた 「一千一秒物語」稲垣足穂 |
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