「最後のあいさつ」 2015年3月27日(金)
あら〜〜っ、またまた、お久しぶり。
毎日が「分単位」での活動…。そして本日は「議員バッジ」を外す日。
3月定例月会議の最終日。高浜原発再稼動反対の意見書は、賛成したのは6名。精華の会と公明党は反対。でも「討論」はなし。
一般会計予算と介護保険関連の予算と条例改正に反対し「討論」。
一般会計予算には、他会派は、めいめいに賛成討論。「弾薬庫は学研都市にふさわしくない」「困難な共存」をしているが、消防署建て替えに、自分たちも国に出かけて補助金を得た」という内容の賛成討論もあった。
なので、最後に「ふさわしくないない物ならば、撤去を求めよ」と、一矢。
辞任届をだし受理されたので、最後にあいさつをする。
時間を見つけて「最後のあいさつ」は紹介の予定。
「一期一会」 2015年3月13日(金)
毎朝、目覚めが早い。4時から5時の間に目覚める。もともと、目覚まし時計に頼る方でもないし、枕元の時計は電池切れで止まったままなのだが…。
当たり前のことだが、相楽の東部に行くほど、通学や通勤の方の朝も早い。なので、それに合わせて、私も「出勤」して「ごあいさつ」。
この時に思い起こすのが「一期一会」の言葉。多分、今、出会った方と「再会」することはないかもしれない。だから「心を込めて」あいさつしようと…。
中学校の卒業式に出席。何かと話題の多かった子どもたち。校長先生は「支えてくれたのは、同級生の仲間たち…子どもたちに感謝してる」と。
心の中で「おめでとう…」の拍手。
一般質問 2015年3月10日(火)
最後の一般質問が終わる。光台地区の商業施設について、交通安全対策・青少年健全育成・景観問題について問う。
地元の小中学校や保護者の方や住民の心配をよそに、情報の共有不足
もあらわに…!?
14年前に「初質問」してから通算56回目の一般質問。最後になるので「きれいに」まとめたいと思っていたが、終ってみれば制限時間いっぱい。
最後に、他会派の議員から「拍手」…ありがとう。
梅の花 2015年3月9日(月)
寒いようでも春の雨。急に梅のつぼみがほころんだ。
城陽に住んでいた頃、何の記念日だったか忘れたが、市役所から3本の梅の木をプレゼントされた。
未だに小ぶりだが、毎年、実をつける木がある。一本だけ、今の家に持ってきたが、いまだに花がつかない。だから、実もつかない。
毎年、今年こそはと期待をするのだが…やっぱり今年もダメ。
明日は、議会一般質問の日。準備はこれから…。多分、11時ごろから始まる予定。光台地区の商業施設について問います。
中学生日記…昔話。 2015年3月8日(日)
夕方、ヤレヤレと帰宅したとたんに電話が入る。中学校時代の同級生から「同窓会、どうする?」と、お誘いの電話。
そういえば、返事してなかったな〜と反省。電話の向こうで幹事役の同級生がかわるがわる電話口へ。
「あんたはいつまで頑張るんや…。もう息子に代を譲って隠居や」と、大きな民宿経営をしていた男性。
「若い時に遊び過ぎたから、今、がんばってる」と切り返す。
「木村町長とは20歳ごろからの付き合い。選挙のこと言うといたけどなんかあったか?」と、専業農家で果樹園を経営、i地元町議もしていた男性。
「いくらあなたの話でも、こればかりは…あかんやろね」と、私。
中学校1年の時は、小学校と共用の校舎だった。みんなで「馬小屋」などと揶揄していた古い平屋の校舎。2年になった時に新校舎ができたけど、懐かしいのは「馬小屋校舎」。
天井裏にはいってはよく遊んだ。大きな梁や柱に座ったり、もたれたりしながら、格好の遊び場だった。
あきれた先生が、天井裏への小さな入口にバリケードを積んで
、懲らしめようとしたが、天窓から飛び降りて帰宅した。
先生たちは、いつもはらはらしていたけど、生徒たちはいつもワクワクしていた…こんな中学生日記も、昔話。
バイバイ原発、円山集会 2015年3月7日(土)
府会事務所びらきの後、京都円山公園に向かう。福島原発事後から4年。「バイバイ原発」集会が開かれる。
あいにくの雨模様になったが、たじろぐことなく最後まで参加。小出さんの話は圧巻だった。
「人を殺せば刑務所行き。原発立地を進め安全神話を広げてきたものは、誰も罰せられなくていいのか」「除染すら、自分たちが生きている間には済まない。大地を汚染させたものの罪は何よりも重い」…と。
高浜原発の再稼動…許してはならない。傘がないので、スーパー袋を頭からかぶって、一緒に歩く人の傘の中に身体半分を入れてもらって雨の中をデモ行進。
移住して茶をつくる 2015年3月2日(月)
あら、あらっ…2月は逃げちゃった。3月は…。
和束町を訪問する。町の真ん中に、役場や診療所、商工会館、保育所、社協などもあり、今、言われてる「コンパクトシティー」の様だ。四方は、山の上まで茶畑が伸びる和束の町は、独特の景観だ。
枚方から移住をして、茶農家をしている青年にも会う。急傾斜の荒れた茶畑の草刈りをしていた。生半可な気持ちでは、移住して茶農家をすることはできないし、「移住者を増やして、農業者を増やす」というのは、言葉でいううほど簡単ではないと実感。
この町で、根っこを下して「がんばって!」とエールを送る。
