たんぽぽ通信
否定はしないが…。  2007年11月30日(金)

 学校に向かう足が重い子がいる。「おばちゃんでよかったら途中まで送るよ」と、途中まで送る。信号待ちをしている横をすたすたと渡る大人がいる。「えーっ」と、一斉に声をあげる子ども達。もちろん信号は…赤。あまり子ども達に見せたくない大人の姿なのだが…。

 養護学校児童のご両親とご一緒に学童保育の件で町長と面談。「おっしゃることはよく分かる。決して否定するものではないが…住民要望でもどうしても対応できないことがある」と町長。
 ご両親が言われているのは"要望”ではなくて、養護学校児童を学童保育に受け入れると言いながら、なぜ「うちの子は駄目なのか」ということ。筋の通った話で、納得のいく説明がほしい。

 夕方から精華町母親集会の実行委員会と、衆議院京都6区代表の浜田さんを向かえての懇談会に参加。懇談に入ると後期高齢者医療制度と医療制度改変に「75歳以上の高齢者は検診など受けんで、病気になっても病院に行かんと、やっぱり、はよ〜死ねっていうこと」など怒りの声が上がる。
 明日は京都府の後期高齢者広域連合議会が開かれる。
精華町でも高齢者の福祉・くらしを学ぶ会と医療を考える会共催で学習会が開かれる。 
むくのきセンターで午後2時からです。どうぞ、ご参加ください。


登る猫…救出      2007年11月29日(木)

 え〜っと一般質問の締め切りはいつやった?29日か30日やったなあ〜と思いながら、昨夜はグタグタに疲れて寝てしまった。
朝一番に確認、うわ〜今日が締め切りやと、朝からパソコンに向かうが7時半頃になるとソワソワと落ち着きをなくして、交差点ボランテァに向かう。
 交差点で猫の鳴き声、それも、結構悲痛な鳴き声がする。下草の中を探すがいない。よく見ると、交差点に立つ高い木の上に必死にしがみついている。最初に行った子ども達が「お願いします」と頭を下げていった。
次に来たのは中学生の女の子。工事に来てるお兄さんに頼んで見ようということになり女の子が走る。やって来たお兄さんは木の上に登り、無事に猫を救出。「今日はあんたがヒーローや」と工事のおじさんがお兄さんの方をぽんとたたく。みんなも安心して学校や仕事に向かう。 
 
 臨時議会で町長の所信表明があった。今までと大きく変わることはなかったが、小学生の医療費の拡充、保育所の整備、住民負担の動向を見ながら、町として何ができるか模索をするなどの表明があった。

教育請願が出された。請願代表者の林さんと、子育て世代代表の植田さんが議長へ提出。請願趣旨書を持って各議員さんにあいさつに回られた。紹介議員の1人としてご一緒した。昨年は「趣旨採択」だったが…今年はどんな判断を下されるか、期待をしたい。


お茶はどこで?     2007年11月28日(水)

 午前中は議員団の会議。12月議会の一般質問の打ち合わせと、後期高齢者医療制度についての検討をする。
 一般質問のテーマは「住民主体のまちづくり」と「就労支援施策」。町長が初登庁のあいさつの中で強調されていた「住民主体…」、どのように展開しようとされているのか聞きたいし、提案したいこともある。
 何日か前から町のHPに掲載されていた「初登庁のあいさつ」を探していたけど見つからない。担当に聞くと、期限を切っていたので"消えた”とのこと。
新着情報でなくても「Web町長室」にでも入れておいてほしかったし、お願いすると、再度、UPされた。
 町HPの新着情報をよく見ているけど、しばらくたってから日時などの確認をしようと思うと消えていることがある。
どこかのボックスにしまいこんでほしいと、以前から思っていたのは私だけ?
かな
 守屋夫人逮捕。マスクに帽子…だけど、コートの襟にふわふわの毛皮がなびいてる。こんなときもやっぱりええモン着てはるわ…と目線がいく。
 ご夫婦そろって"宴のあと”のお茶は、どこで…飲む?

  明日の親子リズム会は臨時議会のため休みます。

点と線            2007年11月27日(火)

 先週放映された松本清張原作の"点と線”…初日の後半を見てしまったのでついつい、最終まで見てしまった。
見ながら頭の中をグルグルとまわっていたのは、今の"防衛省疑惑”。今日の自民・民主の攻防を見ていると、アリバイづくりとアリバイくづしの攻防。
宴会に出ていたのかいなかったのか…他の切り口はないのか?このままでは、核心にたどり着かないのではないか?
 今は亡き松本清張、この"軍事疑惑”…彼ならどのように推理し、結末を迎えるだろうか。
疑惑が疑惑のままで葬られないことを期待しながら、最近、枡添厚労相の出番が減ったな〜とも思う。「大事なことを忘れてはいないだろうか」と。
 朝と夕方から会議。合間を縫って12月議会準備…のつもりだったけど、う〜ん、これがまとまらない。

予算要望書提出      2007年11月26日(月)

 2008年度の予算要求書を町長宛に提出。
重点項目は
1、自立のまちづくり
2、精華病院は公立病院として充実発展をめざし、1億円無利子貸し付けは行わない。
3、学研開発の基本姿勢 生活環境整備 自然、文化財の保全 国・府の責任を明確に
4、行財政改革 住民負担増、住民サービス切り捨てなどではなく歳出見直し、地域産業起こしなど積極的施策を
5、平和の取り組みの継続と実効ある取り組み
6、国保・介護保険制度の改悪、後期高齢者医療制度などによる住民負担の軽減を
7、障害者施策の充実と支援措置を
細部は"部別”に整理し、寄せていただいた要望と、この間、議会で求めてきた要求など織り込んで提出。

 午後からは遠来の客。宮城県の仙台市近くの町から共産党議員団が視察にこられ、懇談をする。
人口規模や議会規模も似通い、住宅開発が進んで人口急増地で、公共投資が増え、借金が多いのも似通っている。
くるりんバス、図書館などのことが関心事。図書館建設の予定があるとのことで熱心に現場も視察。
 明日はお金持ちの久御山町を視察予定とか…遠路、ごくろうさまです。

 
LD/ADHD         2007年11月25日(日)

 彼は小学3年生。1年生のとき教室で学習時間に座っていることが苦痛で机は教師の横に置かれていた。2年生のときも教師のまん前に置かれていた。自分でもよく分からないけどつい横の友だちに手が出てしまう。日記を書いたり作文を書いたりするのは苦手だが、こと計算になると結構早くて正確。
 その彼が過日、机を倒して友達の前歯を折ってしまった。
両親はかわるがわる怪我をした友達の両親に詫びたが…許してもらえない。
担任は「休み時間のことでわからない」と、事情をクラスの児童に聞いた。
その以前に、彼を1人、前に立たせて「○○君にいやなことをされた子は?」と尋ねた。子ども達はみんな手を上げた。「みんな、嫌がってるでしょう。謝りなさい!」と、彼に謝罪をさせた。
 クラスの子どもたちやその親たちにも「○○君は危ないから遊ばない」雰囲気をつくりあげ、この事件が起きた。
 悩んだ母親は専門機関に相談。多分ADHDではないかと診断された。
 「LD/ADHD児は、友だちとのコミュニケーションなどがうまく取れないという特徴もあるし、特に、言葉の裏を読んで状況判断をするのは苦手である。だから、分かりやすい言葉で話すとか、いいとこを見つけて自信につなげていくことが効果的」(文科省HP参照)とある。

 この話は身内の話だが…「特別支援教育」のあり方を考えさせられる話。
"疎外”したり"厄介者”のレッテルを貼って、「危険注意!」の看板をあげることで改善されるものではない。
それは、彼にとってもクラスの子ども達にとっても"不幸”なことだと言いたいのだが…さて”どこへ?”。


踏ん張る"女郎グモ”    2007年11月24日(土)

      
 
 女郎グモの"裏”         女郎グモの"表”
 
 お盆過ぎから玄関脇に現れて巣づくりを始めた女郎グモ。夏から今もせっせと"虫取り"に励んでいる。
風にも雨にもめげずに同じ場所で踏ん張っているので"天然捕虫器”と思い、そのままにしておいた。
10月の終わりごろから急に大きくなり、11月に入ると色も変化してきた。この時期になると"お婿さん"を待っているらしいが、お婿さんもうっかり近づくと他の虫同然の運命にあうらしい。
 女郎グモは古くは地位の高い女官=上臈(じょうろう)になぞられていたらしい。いつの間にか"女郎”グモと呼ばれるようになったらしいが、気品といい、媚びない生き方は古来の呼び方が似合っているように思う。
木枯らしが吹いても、なお"凛”として、気位高く自らの生き方を貫いている姿は、やっぱり"上臈”でしょう。
 でも…もうすぐ本格的冬ですよ、と教えてあげないと…。

延命の是非         2007年11月23日(金)

 1人で母の介護を引き受けてくれている兄から電話が入る。毎日、気持ちをこめてつくる兄の食事が喉を通らなくなった。点滴もうまく入るときと入らないときがある。医師から「流動食を入れる管を挿入するかどうか…」と言われて迷っている。
 冷たいようやけど「自然に任せたら…」と返事した。96年間生きてきた母にこれ以上の苦痛はもういらない。静かに夫の待つ来世に送ってあげたい。多分、妹も同じ気持ちではないだろうか…とも言った。
 どうやら兄も同じ思いだったらしくて、電話の向こうで声が曇った。「できる事はしてやりたいけど…これ以上はかわいそうや」と。
 夫は大病院で数々の治療を受けたが、最後の最後に「もうやめてくれ」と、声を絞ってつぶやいた。
年齢に関係なく、どこまでの延命処置をするのか…多くの場合、決めるのは当人ではなくて周囲のもの。
 母の生涯を決めてしまうかもしれない決断…返事はしたものの重いかたまりのような物が腹の底にずしりと落ちた。
 本当は飛んで帰りたいのに…帰れない自分がここにいる。


今日も研修        2007年11月22日(木)

 本日の研修は京都府町村議会議員研修。
1、地域力再生と議会の役割
  同志社大学政策学教授 今川 晃
 昨日、東京で岡本さんからお聞きした内容の復習のような話。国・府県・市町村は垂直的な関係ではなく水平型であるべき。これからは「地域力]「市民力」が問われる時代。
2、福田政権と政局の行方
  NHK解説委員長  神志名 泰裕

 
安倍首相退陣から福田政権誕生、参議院選挙での与野党逆転、福田・小沢秘密党首会談と大連立構想、その仕掛け人はやっぱり、読売のあの人。小沢民主党代表の辞任騒動から、今騒がれている軍事利権と新テロ特措法の行方と、衆議院解散の5つのケース。最有力は予算成立後、総選挙は6月ではないかという一連の話があった。
 5時前の終わり役場前に帰ったのは6時過ぎ。そのまま「精華町の子どもと教育を考える会」に出席。その後、もう一つの会議に出席。連日の研修と会議で"お疲れさん”。


議員の仕事        2007年11月21日(水)

 宿泊地は千代田区半蔵門。ホテルは東京タワー・国会議事堂などが一望できる一室。夜景はキラキラときれいだったけど早くに就寝。飽きるほど…眠る。
 近くの全国町村議員会館を訪問。全国町村町会議長会の政務・議事調査部長の岡本さんの講義を2時間みっちり受ける。
 地元千代田区の区議の政務調査費の一件(沖縄での物見遊山研修)で走り回っているという前置きばなしを聞く。
議長、副議長も一緒で職員も4人随行。地元からは相当のバッシングがあるとの事。どうやら、お金持ちの区財政が職員や議員の感覚をマヒさせてきた(?)らしいが、それでは許されない話。
 平成の合併で町村数は6割減、町村議員は6.5割減。地域から議会や役場がなくなるということは、地域の自治権がなくなると言うこと。
 国に政府があるように、地方にも政府がなければ地方自治は育たない。国会が「国権の最高機関」であるように、地方議会も地域の「最高機関」。その意味で、議会はもっと、政策能力と自己決定権をもたなければならない。
町長提案に「イエス・ノー」をいうだけではなく、議会として「町づくり像」を住民と共につくりあげていく…それが議員の仕事。
 栗山町の「議会基本条例」、飯田市の「自治基本条例」などの先進例も紹介されながら、これからの議会のあり方や、議員の役割など、タイムオーバーを物ともせず…語られた。
 さて…精華町議会、問われているのはやっぱり「本気」と「やる気」やな〜と思いつつ、研修を終えた次第。

議会IT化…横須賀市議会
               2007年11月20日(火)

 6月の議会構成で議会運営委員になった。議運メンバーでの研修は初めてだが、横須賀市にむかう。
 横須賀と聞いてイメージするのは"基地"軍港”"原子力空母”など…で、町のイメージがふくらまない。駅前から歩いて10分足らずのところに庁舎が建つ。案内された委員会室からは海が眺望できる。
歩いていると海岸からの浜風がビルの谷間になっている道路を吹き抜ける。強風である。
 議会は早くから「議会活性化推進委員会」を議長の諮問機関として発足し、議会の活性化に取り組んでいる。
特徴的だったのは"IT化”。全議員にパソコンを貸与し、メールアドレスをもつ。市民とのメール交換で情報をキャッチ、また、庁内の情報がメールで伝えられる。
情報の共有とペーパーレスなどに効果を発揮している。本会議や委員会審議も全てインターネット中継、会議録も録画とあわせて公開されている。
議会HPも充実し、分かりやすい情報提供がされている。
…と言う訳で、先進的なIT化された議会運営をまなんだ。
大事なことは、ITによる情報開示とあわせて、ITになじまない方への情報開示をどうするか。
情報フロンテァ都市をめざし、IT化が進められている町であっても、住民は多様で一律ではないということは忘れてはならない。


現職市長敗れる     2007年11月19日(月)

 半そでの小学生が2人、木枯らしの中を「おはよう!!」と元気に駆け抜ける。「いつも元気をもらうね〜」と、ボランテァの面々…”子どもは風の子”を絵に描いたような一場面。
 せいか祭りが済んだからというわけではないが、朝からPCの前にどっかりと座り宿題を済ます。
常任委員会の研修報告やら頼まれもののメッセージやらのエトセトラ。
こういう仕事は時間があっても進まないときは進まないし、時間に追われていても進むときは進む。言い換えれば"気分次第”というか"気まぐれ”というか、自分勝手な言い訳…にすぎない。
 大阪市長選の結果が出た。自公推薦の現職市長が敗れ波紋が広がる。
「国政に影響はない…」と強気な発言もあるが、本音の部分ではどうなのか。「国政が影響している…」というのは確かな一つの真実。
 慌てて平松事務所に駆けつけた太田大阪府知事の選挙も京都市長選挙も間もなくです。


2007せいか祭り     2007年11月18日(日)

 強い風が雲を押し流しまずまずのお天気。昨年のことを思い出し先ずは胸をなでおろし…せいか祭りへ。
 
京阪奈プラザ広場のフリマ、早速カードで遊ぶ子ども

 
続々と人が集まりお昼どきには行列が…

 
環境ネットワークのブースも大入り

 
里山の会は親子連れで賑わう

 
広い歩道も人の波…水のない掘割は格好の遊び場

 
国会図書館関西館の見学会…本日は年齢制限なし

小春日和の土曜日    2007年11月17日(土)

 朝から布団など干して、布団の衣替え。寒いはずでまだ肌がけ布団で、猫のようにま〜るくなって寝ていたことに気がついたのは今朝。
 畑のご機嫌伺い。聖護院かぶらが大きくなりすぎてパンクしていたり、人参などは土が固くて抜けない。
まだ、元気なミニトマトを頬張りながら、米茄子を収穫する夏の残像のような我が畑はちょっと"変”。
 近くの貸し農園仲間のおじさんが「野菜の作り方講習会を専門家が開いてくれないだろうか…いろいろ教えてくれはるけど、やり方がまちまちで、誰の話が正しいのかわからん」と、自分の野菜を見つめながらため息をつく。
「まあ、売りに出すわけでもないし、教えたり教えられたり、成功したり、失敗したりでええのん違います?」と、私。
"借り農園ネットワーク"みたいなものを立ち上げて、農地を貸したい人、借りたい人、指導者などをコーディネートする仕組みがあれば、おじさんの悩みも解決するかもしれない。
 午後から"9条の会”の打ち合わせ会に出席し、これからの活動などについて話し合う。その後、京田辺まで所用で走るがいつになく車が渋滞している。
小春日和の土曜日…みなさん、どちらへ?


せいか祭り、近し     2007年11月16日(金)

 精華大通り線がこざっぱりとなった。せいか祭りが近づいたこの時期になると沿道がこざっぱりと整備される。「いつもこんなだといいのに…」と言う地元の方の声もチラホラと聞こえる。
準備の方が出入りして公園周辺は、せいか祭り近し…の雰囲気になってきた。
 臨時の議員団の会議が開かれる。来年度予算の要望書のまとめに入る。各団体に要望のアンケートをお願いした結果、サークル関係の方からの要望も寄せられ、それらも参考にしながらまとめ上げる。
 以前、地元選出の府会議員に南山城養護学校の現状を訴え、是非、実態を見てほしいと話をしておいた。会議の途中に顔を出した府会議員「今日、学校に行ってきた。本当に、大変な状況になっている…」と報告をされる。
 京都南部に養護学校の新設は予定されているが、就学児童が増え、特別支援校としての役割も求められている養護学校は、早急な改善が求められている。
 どのような改善策を描かれたかは分からないが、ぜひ、力を尽くしてほしいと願っている。


でてきた…名前      2007年11月15日(木)

 夜の冷え込みがきた。夜中に目覚め、陽が昇ってからほかほかと朝寝…目覚めてから交差点ボランテァに出かけるまでの所要時間は4分。
 いつものリズム会を開く。本日はフリートークデー…話が弾む。参加者の中に”30人30脚リレー”の全国大会でベスト4になったチームで、夫が監督なので応援にいった、という方がいた。「家で見るのと監督として見るのと全然違う…夫」とご本人。「絶対、TVの放映を見るわ」と集まった仲間たち。
 でてきた2人の政治家の名前。守屋前政務次官の国会の証人喚問。
度重なる接待と裏金問題…巨額な軍事予算をめぐる"利権”に、政財官が闇の中でうごめく。ますます、疑惑は深く闇の向こうは見えない。
 「退職金8000万円は返上…」と守屋さんは言うけど、それだけでは済まされない…と多くの人は思っている。


手のぬくもり         2007年11月14日(水)

 朝の交差点。児童の登校がたけなわの時間に、交差点をゆっくりと左折しようとした乗用車に直進車がいらだつ。交差点手前からスピードを加速し、クラクションを鳴らして通過。しかも資材満載のトラック…。信号待ちの子ども達もあっけにとられて思わず後ずさりする。
 そんなに慌てても柘榴東畑線のR163の交差点は、この時間帯なかなか信号待ち一回では通過できないのにね〜と、内心ブツブツとぼやく。
 定例の議員団の会議。来年度の予算要望書の仕上げを急ぎつつ議論も白熱、検討を進める。
いくつかの所用を済ませ、人材シルバーセンターの作品展を見学。もちもちの木のタペストリーや手づくり紙芝居ボックスなど大作やユニークな作品が並ぶ。
いずれも、手間ひまかけた暖かい手のぬくもりが伝わってくる。
 昨夜のニュースで"地球の出"地球の入り"の映像を見る。噂どおりの"青い地球”。なが〜い地球の歴史の中で、今、ここにいて、生きていることがなんとも"不思議”で、少し、気恥ずかしい思いも…。

神戸(ごうど)町の近郊農業  2007年11月13日(火)

 昨夜は岐阜駅近くに宿泊。8時過ぎにホテルを出て大垣から養老鉄道に乗り換え、神戸(ごうど)町へ。目的は近郊農業とバラ園の視察研修。
 義母のふるさとは岐阜の垂井町。その近隣には彼女の兄弟たちが住んでいて、穂積、揖斐川、神戸、垂井などで商売をしている。夫の死後、親戚づきあいを余儀なくされて、なんども足を運んだ地である。
 濃尾平野がゆったりと広がり、田んぼの整備事業が早くから進められ、あわせて道路整備も進んでいる。
平野地の田んぼの間を伸びる道…伸びやかな風景である。
 大垣市との合併協議が進められたが、民意で「自律」を選択。基幹の農業と、工業団地誘致などで、財政力は豊かな町。100軒ほどの農業者がさまざまな県や国の補助事業を活用しながら施設整備をはかり、シルバー力などを活用して近郊農業の活性化を図っている。
印象では、農業者の方は「農業のマネージメント」として、若年層の後継者づくりと、若者の「夢」づくりを応援。
 町の花は「ばら」。庁舎前に大きな「ばら」の銅像があり、切バラの栽培も盛ん。一方では、見せる「バラ園」を開設し、名実ともに「バラ」が町花となっている。

 
はたけ菜の出荷作業。近隣の主婦が活躍。

 
 
公共施設にはバラの生け花。駅ちかくに「ばらロード」があり、町中にばらの花が溢れる…ばらの町「神戸」。

多治見市の区画整理事業
              2007年11月12日(月)

 昨日イヤと言うほどブロック塀の角に左足の小指をぶつける。しかも下駄履きという無防備なまま…。夜になって痛みがひどくなったけど、今日から建設産業常任委員会の管外研修。取り合えす、テーピングをして参加する。
 名古屋駅からJR中央線に乗り換え約30分。多治見市は人口約12万人、陶器などで有名だが、名古屋までの地の利もよく郊外型の住宅が増えている。
 多治見駅北の土地区画整理事業についての研修をする。
地区面積は118.000u。総事業費は118億円。底地の中心は旧国鉄用地で、周辺土地も含めて、多治見市の「顔}として駅前広場、公共施設、公園などを整備し、宅地の再整備を図る。

 
担当者の説明、路上喫煙禁止の看板やのぼりが立てられいる。

 
今は暫定的に駐輪場と駐車場になっている。 一角には「税務署」ができている。「お試しまちづくりワークショップ」で、町づくりを協議。

 
バスロータリー。街路灯は風車と太陽熱で発電。公共物のエコ化が進められている。

学童保育ガイドライン  2007年11月11日(日)

 養護学校に今春から入学した陽君のご両親は共働きで、姉と弟は学童保育と保育所で過ごしている。6月と9月議会でも取り上げたが、未だに学童に入所できないでいる。
 ご家族揃って遊びにこられた。陽君は歩くことはできないが感情がとても豊かで、うれしいことがあると身体中で表現するし、笑顔が素敵だ。
子ども達が遊んだりしゃべったり動き回ったりする環境の中で過ごすことは、療育の面から言っても最善だと思う。
 障害の有無に関わらず、希望するものが入所できる学童保育…制度としてはあるのに何故、入所できないのか…ご両親の疑問は残されたままである。
 学童保育の大規模化が全国的に進んでいる。過密化と指導員不足も進んでいる。需要が増えて供給が追いつかないという実態はある。
やっと、学童保育のガイドラインが厚労省から出された。その中には、特別支援校の児童も学童保育の対象と明記されている。
本町では先進的にとりくんできたことであり、大いに胸を張ってそのための条件整備をしてほしい。
 お母さんの悔し涙…これ以上、流してほしくありません。

          
葉トウガラシの佃煮
     
 たらいにいっぱいの葉トウガラシ→ゆでた後はソフトボール4個分→炊き上げた佃煮はタッパー一杯分。
”青菜は人に見せるな"…義母の遺言を破って公開。


「橋のない川」      2007年11月10日(土)

  昭和23年の東区の航空写真、木津川の川幅が広く、集落のすぐそばを流れている。
 ははそのもり文化祭にお邪魔する。何枚かの航空写真が展示されていた。少し光って見づらいが、昭和23年、集落の個数も少なく周辺はほとんどが田んぼ。祝園神社の森のたたずまいだけは今と変わらない。
 河川敷が狭く、川幅が広い。当時は橋もなくて渡し舟で川向こうと往来していたと聞いている。水害の恐怖も隣り合わせだったに違いない。
 この写真を見て思い出したのが、住井すえ著の「橋のない川」。もちろん舞台は違うが…その歴史の足跡はどうだっただろうか。
 教育請願のお願いに訪問したお宅の軒先に「菊芋」が干してある。珍しいので尋ねると「スライスして、干した後番茶に入れて飲みます。糖尿病に効くので…」とのこと。
 大ぶりなしょうが風の芋で、お天気が悪いと白く干しあがらない。藁のムシロの上に一枚ずつ丁寧に広げて…以前、訪ねたときは多分、小豆が干してあった。
 昔ながらの用具を使って、昔ながらのやり方で…スローライフと言うのは、本当はこんなくらしのあり方と違うやろか。

立冬            2007年11月9日(金)

 昨日は”立冬”だった。”立冬ひまわり咲く”という小さな新聞記事が目に留まる。
そう言えば、家の庭にもひまわりが咲いているし、蕾も健在だ。裏庭にはアマリリスが咲き始めた。
畑に行けばミニトマトや茄子の収穫ができるし、蝶々も飛んで、キャベツなどはレース状態になっている。
万願寺トウガラシは、葉っぱが元気な間に収穫して“葉トウガラシ”にするつもりである。
 陽が落ちてからもごそごそと畑仕事して下りてくると、散歩中のおじさんが「遅くまでごくろうさんやな」とねぎらいの言葉。
「こんな遅くにおかしいでしょ?」と言うと「いやいや、野菜は毎日、顔を見せてやらんとあかん。高い肥料を入れても、ええ機械を使っても、顔を見せてやらんとよう育たん!」と,哲人のような言葉。
たまにしか行かない私には耳のいたい話だが、育てると言うことはそういうことなんやと再認識。
 足ついでに山田川のアルプラへ。よく聞かれる”アルプラの行方”。
「店じまいするらしい」とか「拡張するらしい」とか。
テナントを出している知り合いの方に聞く。「梅見台に出店するけど、ここはこのままで」と言うのが答え…よかった。
 
初収穫の聖護院かぶ…千枚漬けに。

鳥谷公園          2007年11月8日(木)

      
落ち葉さくさく…鳥谷公園       朱い実…桐(?)
 
ブルーシートに砂場遊びグッズ、お弁当も忘れずに自転車に積み込んで鳥谷公園へ。絶好の遠足日和…親子リズム会メンバーで外遊びを楽しむ。
家の中では見せないいろ〜んな子ども達の顔を見る。中には幼稚園をお休みして参加のお兄ちゃんも。ドングリを袋いっぱい拾って、なんどもなんども滑り台をして、早めのお弁当タイム。
 ずいぶん昔、子どもが小さかった頃、炊飯器のごはんを残さず大きなおにぎりにして、目的のない散歩に出かけたものである。
角っこに来ると、棒を倒して、倒れた方に進む。城陽の富野荘の自宅を出て観音堂、青谷と進み、木津川の河原でおにぎりを食べた。朝から夕方まで歩くだけの散歩だったけど、なぜかしら鮮明に残る子ども達との思い出の一ページ。
 畑の芋ほりを"敢行”。植えるのはいいけど、掘るのは余り好きではない。
 つくり方が雑なので、芋もあちらこちらで大きくなっているし、砂地ではないので”芋づる式”には出てこない。気にとめていなかったけど、掘り起こすとすべて”紫芋”。
 中まで”紫”色で、皮まで柔らかいけど、芋としてはちょっと微妙な味がする。

祝園弾薬庫         2007年11月7日(水)

   満席の会場”祝園弾薬庫は…”
 
午後から、相楽9条の会主催で精華町の”軍事鉄橋を知る会”が開かれた。会場入り口で案内をしていると「新聞を見てきました」という方が町内外からこられて会場は50人以上の参加で満席。
 保育所時代にお孫さんの送迎をされていた方が「軍事鉄橋の近くに住んでいます。小学校の4年生のときに、弾薬庫に通って”火薬詰め”をしました。叔父は3人、外地で戦死しました。なんとしても平和であってほしい…と、孫たちにも話しています」と、ご夫婦で参加。会場でも参加者にお話をされる。
 相楽平和委員会の坪井さんが弾薬庫についての話しをされた後、つい最近、鉄橋を撤去し銘板にされた、鉄橋跡地と弾薬庫周辺のフィールドワークに出かけた。
 以前だと同じような企画をしてもなかなか参加者がなくてさみしい思いをしたものだが、確実に”平和”への関心は高まっているし、祝園弾薬庫についても「もっと知りたい」という関心が広がっている。
 残念ながら…「弾薬庫」の真実は、今、知るすべがないが、せめて「町」としては、その概要は知っておく義務と権利があるのではないか。

文化交流会          2007年11月6日(火)

     東光小学校6年生の熱唱
 
午前中、4丁目のフリースペースに参加。お母さんたちのリフレッシュメニューで”ヨガ教室”。赤ちゃんのお世話係はサポーターのおじさん、おばさんが引き受ける。
講師の方はお腹の赤ちゃんと一緒に”ヨガ”をされている。腹式呼吸はお手の物だし、きっと、安産だろうな〜といらぬ予測をする。
 午後から町内の小中学校の文化交流会の案内をいただいていたのででかける。会場はけいはんなプラザのホールなので、道々、デジカメのシャッターを押しながら歩いて会場に。
それぞれの小学校で伝統的にとりくんでいる”大正琴”や”和太鼓””伝承うた”などが披露される。
 中学校は3校合同の演奏で広いホールいっぱいに伸びやかな音が響き渡った。
 昨年までは5年生も参加していたが、今年からは6年生のみの参加となった。それでも児童数の多い精華台小学校などは、広い舞台が”狭い”。
 今にも降りだしそうな空…何とか降らずによかった。楽器の搬出だけでも、大変やから…。

    
町の花…バラ 町の木…かし(数珠なりのかしの実)を思い出し唐突に撮影。

壊しや         2007年11月5日(月)

 新聞もテレビも民主党小沢代表の辞任で騒々しい。”壊しや”という異名を取る小沢さんの本領発揮?といえばそれまでだが、夏の参議院選挙での国民の総意はどうなるのか。
 政策協議と政治談合とは本質的に違うし、手法も違う。
「政治の劣化」などという言葉も飛び出すこの辞任劇。留任もありうるとなれば、それはそれで、ますます不可解となり、国民は置き去り…。
 昨日の後始末に出かけ雑用をこなし、夜は会議に出席。
雨足が次第に激しくなり、この後は寒くなるとの予報だが、明日は4丁目のフリースペースに参加の予定。


法話          2007年11月4日(日)

 冷え込んだ分、見事な秋晴れ。朝寝の好きな次女も予定通りに目覚めて長男宅へ向かう。
 京都市内からのお客さんは「遅れたらかなんし…」と早くに到着。4人兄弟だった夫の家族が勢ぞろいをして、久しぶりに顔を合わす。義母が亡くなってからはなんとなく疎遠になっていたけど、みなさんそれなりにお元気で、それなりに齢を重ねて昔話に花が咲く。
 ずーっとお世話になっていたご住職がこの春に100歳で他界され、今回が初お目見えのご住職にお世話になる。
ご長男が後をついでおられるが、前職が教育者とあっていろいろな法話を織り交ぜて読経をされる。
 お釈迦さまの話から三蔵法師、バーミヤンからアフガンの話までと幅広い法話を、聞かせていただく。
 老若男女が30人近く集まっての”法話”にご住職も力が入り、1時間以上の”かしこまり行”。
 賑やかな昼食を済ませ、次々にお客さんを送り出し、夕方垣間見たニュースにびっくり。民主党の小沢代表辞任…詳細は分からないけど、知りたいのは福田・小沢秘密会談の中身…なのだが。


障子はり         2007年11月3日(土)

 お墓参りに大掃除…法事の準備は今日が佳境。思いきって障子のはりかえ6本。あちこち穴が開いて、パッチワーク張りにつぎはぎの障子紙をはずしているところに登場したのが4歳、6歳の孫たち。
 こんな楽しい遊びはないとばかりに張り切ってお手伝い…まではよかったが、いざ、貼るときになって再び登場した孫たち。「のりつけた〜い」「霧吹きした〜い」と、やりたいことばっかりで、余り借りたくない”孫の手”だったけど無事終了。
 彼らにとっては、またとない珍しい体験で、貼った後から穴をあけるシーンも。
 義母が亡くなったその日、仕事と看病で明け暮れて、お通夜を前にして、義母の遺体のそのそばで障子を張り替えていた一場面を思い出す。「おばあちゃん、悪いけど、待っててね」などと、独り言を言いながら…1人で張り替えた障子のこと。
 夜になって次女も帰宅。久しぶりに夕食も一緒して、明日を待つ。

「深まる疑惑」       2007年11月2日(金)

 空が重い…冬に向かう空か。体内時計で目覚めるので、夏のように早く目覚めなくなった。
毎日、同じ時間に家を出て交差点に向かう。毎日、同じ場所で同じ人にあう。同じ自転車にあう。同じ車にあう。やっぱりこれが日常だと思う。平凡だけど安心できる一時である。
 銀行に行く。印刷に行く…夕方の宣伝に使うビラ「深まる疑惑…守屋前防衛省次官」編。
 法事の食事の注文に行く。「法事は何回忌でっか」「それやったら、あんまりがんばらんでもよろしいわ」と、商売気のない店のおじさん。その言葉に甘えて、一ランク下げた料理を注文。30人分となれば、その差は大きい。
 芝刈りを続行して完了。夕方から祝園駅で宣伝。町長選挙の報告と、衆議院京都6区の浜田良之予定候補の訴え。
 福田さんと小沢さんの、秘密党首会談。大連立構想を打診され、小沢さんは党に持ち帰り、ノーと返事。
 党に持ち帰らなくても、それは"ノー”でしょう。なんとなく"大きな伝書鳩”のように見えた今日の小沢さん。
一体、2人で何を語らっているのでしょう…と、こちらも「深まる疑惑」。


13年/7年忌         2007年11月1日(木)


 定例のリズム会なので、定例の掃除日、と決めていたが朝から訪問者と電話の連打。どちらも結構、深刻な内容で即決というわけにはいかない。宿題をいっぱいいただいて気がついた頃には、すでにリズム会のメンバーは玄関先。
やっぱり、早目の準備が必要と痛感するが…多分、それは"のどもと過ぎれば熱さ忘れる"たぐい。
男の子は汽車遊び、女の子はままごと遊びがお気に入りだし、その間を縫うようにして8ヶ月の赤ちゃんが"おじゃま虫”。子どもはおじゃま虫をしながら遊びを覚えていくから、これはこれで大事なこと。
 午後から予定している"法事"の準備にそろりそろりと取り掛かる。
夫は13年、義母は7年…となるが、、夫の13年は「そないになる?」と思うし、義母の7年は「もっと、昔のような気がする」というのが実感。いつもは余り気にとめないが、節目なのか、いろいろと思い起こすことがある。
多分、たまには思い出してよ、ということであるのかもしれないそれぞれの節目。
 それにしても、大変です…この節目。