たんぽぽ通信
近場のもみじ         2004年11月30日(火)

 光台7丁目から鳥谷公園に続く緑地帯のもみじが今、とてもきれい。もみじといえばどこか"名所"にと思いがちだが、近場にもこんな場所が…。
 10時から西部塵埃組合議会が開かれる。木津町長が変わったことで、"管理者代理"の選任同意と、平成15年度の決算認定が議案。山城・木津・精華町が構成する広域組合で、施設は精華町の打越台の焼却場である。築25年が経過し、この間、精華・木津の人口が急増して施設は老朽化の一途。早い時期での立替が望まれるが、予定地の木津で難航。合併とは別の視点で、木津町長に"約束履行"の決意を求めた。
 午後からは国民健康保険運営協議会。補正予算が審議された。9月議会の決算審議で問題になった"未納"について、その後の取り組み状況を聞いた。過日研修に行った坂下町のように、全町的な取り組みを求めた。
2つの会議の合間に、思い切って美容院に。予約制なので、待つこともなくさっぱりと"散髪”。明日から12月。新しいページに移ります。


一般質問通告書提出    2004年11月29日(月)

 12月議会の通告書は今日が締め切り。既に9人の方が通告書を提出。朝一番にと思い出かける。順番は10番目。
詳しくは明日にでも報告します。
教育委員会・衛生課・水道などの関係部課長と懇談。質問事項についての資料の提出などを求める。
午後からは会議に出席。夜も会議に…。

 夜、車を走らせていると、めっきり増えたのが"クリスマスイルミネーション”。そぞろ歩く人も増えてきた。とかく言う人もいるが、"灯かり"の向こうに"平和"と"幸せ"が垣間見え、ほほえましい一面も。
明日は、西部塵埃組合議会と国民健康保険運営協議会、2つの会議の予定です。

菜花、咲く           
2004年11月28日(日)

 後、2日で12月。"ほんま?"というほど暖かい。
朝からいろんな方に会いに行く。少年野球の練習場に出向いて過日聞いていた要望についての聞き取りなどなど。一度家を出るとなかなか帰れない。
昼過ぎから、久しぶりの畑訪問。ピーナッツの収穫をする。これが結構面倒で厄介な仕事。ピーナッツの中から出てきたのはまだ目も開かない"ネズミの赤ちゃん"。母さんネズミはどこに行ったのか見当たらない。川の土手に巣ごと埋める。
母さんは探しにくるだろうか…と思いながら。
菜花が咲き、小松菜もかぶもレース状。あったかいので"虫たち"も元気である。
 夕方からまた訪問再開。帰りに近くのコンビに行く。柘榴東畑線開通以来、コンビニのお客さんも増え、常連でない方の利用が多くなった。(常連だから分かる…)
コピー機を使っていたら「もっと早くならへんか」と他の客にせかされる。
せかされても機械のする仕事、早くなる訳ない!と思ったが「あと少しですから…」と、中途で切り上げた気弱な松田でした。


6年生議員15人         2004年11月27日(土)

 朝の間、恒例になっている"子ども議会"が開かれた。各小学校の6年生の代表が15人、議員として一般質問をした。
交通安全・運動公園・きれいな街づくり・防災・町民プールなど要望がいっぱい出された。
「不審者が出たという話はすぐ聞くけど、つかまったという話は聞かない。教えてほしい。」
「有線放送をつけて災害に備えてほしい。
「道ができれば便利になるけど、よいことばかりではない。」
「駅前開発は止まっているように見える。」
「精華町のことは、どのように決められていますか。」

など、辛らつな質問もとびかう。
 保育所勤務の頃、甘えん坊だったり、わがままだったりした子どもが、堂々と自分の意見を表明。その成長ぶりに驚いたり、感動したり。
でも、子どもたちの傍聴者がいなかったのはなぜ?
地元のキネットがテレビ取材に。興味のある方はぜひ、ごらんください。

 
夜は4丁目集会所で新しい建築物の説明会。松田の家の建築業者さんが請け負い業者。施主さんは若い方で、お花屋さんを開業予定。建築中の安全確認など一通りして「若い方をみんなで応援しましょう」と役員さんが一言添えて終了。
「コーナンやビックスなど近くにあるけど営業は大丈夫?」など心配の声をよそに「望むところです。」と若い施主さん。
頼もしいお花屋さんが来秋に開店の予定。

研修2日目
〜坂下町〜           2004年11月26日(金)

 3年前に新築された国保病院。病院の裏手に社会福祉会館があり、その中に福祉課と健康づくり課があり、施設長は病院長。役場庁舎とは比べ物にならない立派な建物である。
地域に出て、院長の健康講座や、理学療養士の出前リハビリ、予防保健に力が入れられ、住民の医療費は年々下がっている。「住民の健康を守ること」が自治体病院の役割というのが、「絵」に描いたようによく分かる国保病院であった。
小さな町で、一番大きな事業所として、地元雇用に果たす役割も大きい。
すぐそばにJRの駅もあり、高架でつなぐのが"夢”。2年後には実現しそうだと担当の方は自信満々。
病院も明るいが、仕事をされている職員の方も明るい。
ここは、もうすぐ吸収合併され、中津川市に。


国民健康保険事業の研修
  〜下呂市〜         2004年11月25日(木)

 今年の3月に近隣5町が合併したばかりの下呂市を訪問。
国保税が安くなったのは一町のみ。他の4町は軒並みに値上がりしている。住民の理解は十分に得られたとの事だが…。さらに驚いたことは、保険税の未納者に"差し押さえ"が執行されていること。多分他の税金についても同じことが言えるのではないかと推測したが、そこにいたるまでに、どのような"手立て"がされているのだろうか…と、遠い町のことながら心配に。税務課を中心に担当課長など、2人一組で徴収努力をしているとの事で徴収率も高い。
合併して3万9千人の人口で、国保病院(113床)と診療所(19床)は、健全経営とのことであった。


新年度予算要求書提出    2004年11月24日(水)

 遅くなったが、来年度の予算要望書を町長に提出した。広く、各団体からのご要望を頂き、議員団で検討を重ねてつくりあげた要求書。ここでは重点項目をお知らせします。
(1)市町村合併…情報の公開、住民の意思を反映、誇りある自立のまちづくりを
(2)精華病院…充実と発展、小児科常勤体制の復活、福祉・保健・介護施設との連携・抜本的対策を。住民の声の反映を
(3)学研開発…住民本位、自然・環境保全を、国・府の責任を明確に
(4)「非核・平和都市宣言」…実効的措置を
(5)住民負担は増やさない、サービスは落とさない

合併問題について町長は「合併を否定はしない。要請があれば協議に参加。本町からの呼びかけはしない」病院問題については「(存続は)現段階では難しい」と答えました。
精華病院は院長が病休で、ますます"重症"になっているのが現実。もし、人が重症であれば身内のものは"特効薬"はないか、"カンフル剤"は"手術”は、とあらゆる手立てを考えるものだが、なんとなく"他人事"のように聞こえた。
6月議会で「存続を前提に、第3者評価を委託」9月議会では「お年寄りに寂しい思いはさせない」そして今回「難しい」となれば、第3者評価のための出費と、評価が出るまでのこの期間、特に"病状を悪化させた"この半年はいったい何だったのかと、問わずにはいられない。
これは、松田の独り言…デス。

相楽9条の会に150人     2004年11月23日(火)

 2,3日前から近くのゴミステーションに、ダンボールや空き箱、缶などが積まれ始めひどい状況に。今日は"燃えるゴミ"の日。不法投棄のゴミはそのまま。どうやら、引越し荷物の残骸らしい。
得体が知れないので、一人で片付けるのも躊躇があり、お隣の方を誘う。掃除をしているとご近所の方が集まってこられ共同作業。すぐにきれいに始末をする。しかし、余りにもひどいゴミの出し方にみんな"唖然"。引越しをしたら先ず、そこでのルールを尋ねてほしいものである。
 午後から、相楽9条の会の結成講演会。郡内各町村の呼びかけ人の方が勢ぞろいされ、京都9条の会の呼びかけ人のお一人"バプテストキリスト教会の大谷牧師の講演があった。「9条は愛に満ちている。愛は語らなければならない」というような、深く心に染み入る話であった。
先日の「合併」講演会、今日の「9条の会」とどちらも盛況であった。今、相楽の中であたらいい息吹が…。確かに何かが動いている。


先客万来            2004年11月22日(月)

 4丁目子育てサロンの企画メンバーの方が、12月7日のクリスマス会の準備で子ずれで集合。
手早く、段取りよくプレゼントや帽子の準備が進む。松田は横で子どもと遊びながら、時々"口"で参加。
その間にも、電話が入り"午後"からの来客の予約。
以前、多重債務で苦しまれていた方から"見通しが立ちました"とのうれしい報告があり、ついつい話が長くなり夕方近くまで、話し込む。
朝一番に受けた相談事を持って役場に行き、その足で狛田に。府道から入って狭い道を通り抜けると踏み切り手前で見覚えのある子どもたちの顔。屋台で何かを買って食べている。声をかけると「あっ、昔の校長先生や」「違うやろ。保育所の園長やろ」と口々に言う。相変わらずお母さんは忙しいのだろうか。学童に入っていないんだろうかなどと思いながら、目的のお家へ。
 夜の会議を終えて帰ると"至急"の回覧がポストに。4丁目に花屋さんができるらしくて、建築申請の説明会のお知らせ。4丁目周辺はいまやお店やさんラッシュ!


いいお天気なのに       2004年11月21日(日)

 朝から会議…いいお天気なのに。午後はいろんなお願い事を持って訪問活動。でも、お留守が多い。
夜は夜で、また、会議。日曜日なのに…といっても通用しない。
 家の近くの街路樹も、今年は早く刈り込まれて落ち葉が少なく、ご近所の方は大助かり。でもその分"紅葉"が少なくなってちょっと寂しい気分も。
落ち葉の大変さをとるか、紅葉の風情をとるか…それが問題だ。こんな論争をしている私たちは本当に"平和”です。


都市公園            2004年11月20日(土)

 朝からお日さま。おひさしぶり!
教育署名のお願いに歩く。西中学校前の住宅用地に売り出しののぼりがはためく。
東畑との境目はもうない。近所の方のお話では「今まで空き地が多くて夜になると見慣れない若者なども集まっていたし、結構物騒な感じがしていたし、早く家の立つ方がいい。でも、通り抜けや、工事車両など増えて危ない」とのこと。
庭先で話中にもいろんな車両が通過していった。
もう一軒訪問する。「光台の都市公園は幼児が遊べない。親子で遊びにいく公園でないと、小学生も遊びにやせられない。相変わらず、不審者の噂は絶えない。」
同じ都市公園でも、精華台の公園と光台の公園では随分違う。「公園デビューもできない都市公園」というのがその方の弁。かといってうちの前で遊ばせていると、ご近所から苦情も…あるらしい。
 午後から、奈良の岡谷病院の視察を"病院問題を考える会"メンバーで行う。報告はまた、後日。


重い空              2004年11月19日(金)

 今日も空が重い。こんな日はなんとなく気分が重いのは私だけだろうか…などと思いながら、うちの中での仕事をする。
12月議会の一般質問通告書も既に届いている。
教育請願の署名のお願いにも歩かなければならない。"相楽9条の会"の案内ビラも預かっている。することも、しなければいけないことも"山”ほどある…が、気が重い。
一年中明るく、というわけには行かないので、たまにはこんな日もあって当たり前…と、自分を甘やかしながら、それでもお昼過ぎから、"9条の会"ビラと、"府会"ビラを袋につめて出かける。
 とにかく日暮れが早い。近商あとの"大和百菜”の明かりがとても明るい。ブラインドもカーテンもないので、店内の明かりが全て見える。
庭先にクリスマスのイルミネーションをつけたおうちもチラホラと見え、これからは、"夜歩き"も楽しい…。
袋が軽くなった頃には、また小雨が降りだした。明日は晴れるだろうか…秋の空。


秋冷の候             2004年11月18日(木)

 小春日和の後の雨、時間がたつほど冷たくなる。秋冷の候…の雨。朝から冷たいニュースが続く。またまた、子どもの命が奪われた。目と鼻の先の富雄の話である。先日は大阪で、看護師の女性の方が犠牲に…。痛ましすぎる。
 松田の家では、"親子リズム会"。精華台からの参加もあって、とてもにぎやか。偶然にも、1歳児の子どもさんが勢ぞろい。4月生まれから翌年の2月生まれの同級生。
この年齢では、発達の差は当たり前なのだが、やっぱり"比較"してしまうお母さんも。
この子達も、中学生になれば同じ中学に。今から、共に子育てをすることはこれからの大きな財産。
 夕方、出かけようと準備をしていると、珍客が来宅。しばらく歓談し、夜からの会議に出席。
冷たい雨は、夜になっても止みそうにない。


"若い人”             2004年11月17日(水)

 相楽郡内の保育所長OG会に参加する。保育所草分けの頃の大先輩も、皆さんお元気で集合。今日一日は"若い人…"と呼ばれ続けられた。
南山城村の童仙房林道を抜けて、三重の島ヶ原から伊賀上野の町に。ところどころがけ崩れの場所もあり、かなりスリリングなコース。高齢者の方には車でもやや"酷”な道程で、下車しても"体が落ち着かない"という方も。
 昼食だけの懇親会だったが、帰りは夕方になった。
「精華西中の生徒が交通事故で死亡」というニュースを、出先で聞かされた。京都新聞に掲載されていたと、その記事を渡された。場所は精華台6丁目の信号のある交差点とだけ、書かれている。場所の特定や状況は分からないが、本当にお気の毒なことである。
 車に乗っていて最近思うことは、制限速度で走っていると必ず"あおられる”し、交差する道での”一旦停止"は信じられない。方向指示器を出さないで"右・左折”する車も確実に増えている。
 気をつけなければ、と思う。


かがやく瞳            2004年11月16日(火)

 恒例の4丁目の"子育てサロン"。今日は5丁目サロンと共同で人形劇鑑賞。集まった親子は74人。広い4丁目集会所の2階ホールが満席になった。
人形劇はボランテァの”たらふくまんま”さん。出し物は”おおきなかぶ”。繰り返しの子どもたちの大好きなお話で、1〜3歳児が多かったけど、みんな"瞳キラキラ"で夢中に。
テレビやビデオ映像にはなじんでいる子どもたちも、肉声で、目の前で動く人形たちに興味津々。楽屋裏も随分気になった様子。
たまにはこんな企画もいいね!と参加者の感想。
次回は"クリスマス会"を予定。みんなで知恵を出し合って…。これが4丁目サロンのいいところデス。
 午後は、議員団の会議が5時過ぎまで。一段と日が短くなり、乾きづらい洗濯物が、暖房の入った床の上にズラリと寝ています。


もうチョイ…            2004年11月15日(月)

 一週間ほど前からATRの南側の歩道の際に、ゴミが一山放棄してある。車から見えるのは"掃除機"と雑多なゴミ。担当課に連絡して、"環境パトロール”に確認を依頼する。
夕方見ると、掃除機は姿を消しているが、雑多なゴミは袋にまとめられてそのままに。何かルールがあるのかは知れないが、このゴミも持ち帰られていたら"はなまる”なのに…。
しかし、そのことを責めるより、わざわざ、掃除機を"そこに"捨てる人の気が知れない。
 午前中は、相楽郡の年金者組合主催の"憲法学習会"に参加。10人程度の予想を大きく上回り、20人以上の参加があった。
元判事で、京都弁護士会の会長もされていた出口弁護士の講演を聞く。
1997年の「新ガイドライン」合意以降、周辺事態法・有事法制3法制・イラク特措法・有事関連7法案への一連の流れと、その中で、いかに政府が"アメリカ"のお気に入りの法制を敷いて来たかなど、分かりやすくお話をされた。
年金者の集まりなので、生々しい戦争体験なども口々に参加者から語られた。
しかし、これは昔話ではなく、今もなおイラクでファルージャで多くの方の命が失われている…現実の話。
憲法9条は戦争をしない国を死守する"命綱”。手放すわけにはいきません。
こんな思いをお持ちの方、ぜひご参集ください。
相楽9条の会 11月23日 午後2時〜 相楽会館へ

人、人、そして人         2004年11月14日(日)

 心配したお天気も何とか持って、精華まつり。フリーマーケットも盛況だったが、人が多くて、ゆっくりは品選びができないほど。歩いてメイン会場に行くが、ここでも大変な人。"米消費拡大コーナー"のお餅やかやくご飯は、先ず、整理券をもらうのに並ぶのが大変。その後また一並び…。
お昼過ぎに、息子夫婦が来た。目的は”怪傑ゾロり"と"おさむお兄さん”早めに行って座席は確保したものの、パレードが終わると続々と人が集まり超満員。後から来た人も、みんな前に前に進んで、確保した座席からは何にも見えない。
「前の人座って…」とは言わなかったが、一番下の孫は、バギーの上で"立ち技”。
 夕方から、やっと"秋・冬"の衣替え。思い切って古い衣類の整理をする。でも、まだ捨てたわけではないので、また、気が変わるかもしれない。


3町合併の行方          2004年11月13日(土)

 「町村合併を考える住民の集い」が開催された。木津の東部交流会館で午後2時から、京丹後市の平林市議が、「京丹後合併その後」について、宮嶋木津町議がこの間の経過について報告。その後意見交換が行われた。
新しい木津町をつくる会、加茂町さわやかの会・精華町合併を考える会が共催。
 いったんは頓挫した合併問題の震源地は木津町。しかし、"7町村合併法定協議会"の否決をしたのも木津町議会。その主役は当時木津町議員で、9月に町長に就任した河井さん。
乗り気なのは山城町。東部3町村との義理にはさまれ、また、自らの公約の狭間で、悩んでいるのが加茂町。
 7町村合併の際の各町村のアンケートを見ても、"精華町"抜きの合併の枠組みはない。
"なぜ3町合併か”どうかんぐっても、「木津町中心」の基盤整備と、広域行政の約束事「清掃センター」建設のための合併としか映らない。
 予想を超えて、70名の参加で、意見も多くの方から出された。
どう考えても、事が性急過ぎる。
 夕方から4丁目集会所で、建築予定の2件の物件について説明会があり出席。2件とも商業者で、喫茶店とおそばやさん。
隣り合わせだが、ハウスメーカーは違う。一社は、立面図や質問事項も文書できちんと回答。もう一社は準備なし。この違いは、建築中も出てくるのではないかと懸念。


会議のない日           2004年11月12日(金)

 朝起きて、ダイアリーを見る。やっぱり今日は予定がない。こんな日は本当に珍しい!
いつも週末に"日曜版"を配達していただいている方が、今週はお休みなので、ピンチヒッターで、新聞配達。時間に余裕があったので,おしゃべりしながら配達。
「町のパソコン教室、また、はずれやった」とご近所の方。何度か申し込んだがなかなか、あたらない。よっぽど運が悪い!と嘆いておられた。抽選だとは聞いているが、申し込み回数で優先順位などつけられないのだろうか。
 午後から久しぶりに"わが畑"を訪問。ご近所の畑の白菜、ブロッコリー、大根、キャベツと、本当によくできている…が、わが畑では、小松菜、かぶら諸々、ほとんど"レース"状の葉っぱ。
それでも、大根やほうれん草など収穫してかえる。
夕方になると、これもご近所の子どもさんがウサギ見物。抱っこしたいけど、やっぱり恐い…。「松田さんにはなれてるねー」とほめられて、のどかな一日。

大型店進出ラッシュ!      2004年11月11日(木)

 郊外型の大型店の今日と南部への出店計画が相次いでいる。
奈良・木津町にかかって予定をされている「イオン」。事業主体者は「関西文化学術研究都市センター株式会社。この会社には、精華町も株主として出資をしている。
問題の一つは、出資者の一員である、木津町・精華町もちろん奈良市の地元住民にも事業内容の説明がされないまま、計画が先行していたこと。地元の方が中心になって「イオン出店を考える会」が結成され、住民への説明会を求めていた。
10月23日に奈良市住民、11月30日に京都府側住民への説明会が開かれた。
敷地面積 48,000u 総床延べ面積 122,000u 駐車場2,000台 映画館8館 朝9時から終電まで営業 平成17年12月開業
 以上が概要だが、近くにはサンタウン高の原やひまわり館もある。商圏域は40キロ、久御山ジャスコまでと聞く。
それと競うように、進出予定をしているのが"ユーストア”。こちらは精華台9丁目、コーナンの西に出店を予定している。関係課に問い合わせをしたが、まだ詳細は明らかにされない。
"イオン"のように、住宅街の中ではないが、交通量が増えることは必至である。今後の動向に注目したいものである。
 午前中は"親子リズム会"、午後から、大型店舗立地を考える会議に出席。夕方、議会事務局に立ち寄り、この間の研修報告を提出。
 朝からの雨は、夕方になっても止みそうになく、昨日植え込んだパンジーや葉牡丹にとってはいい雨となった。

健忘症…?            2004年11月10日(水)

 一昨日、財布を出先に忘れた。おき場所も分かっていたので、あわてることはしなかったが、昨日は、財布を持たない一日を過ごした。
さて、本日、10時の訪問を約束していたお宅があったので、朝の間にと思い、忙しくパンジーや葉牡丹の植え込みをした。その間だけと思い、ウサギたちをフリータイムでゲージから開放。ところが、出掛けにどうしても一羽見当たらない。約束の時間は迫るし、仕方なくゲージも玄関も閉めて外出。
 外出先で電話が入り、今日の京阪名プラザのプチコンサートに知り合いの娘さんが出演。「聴きにきてほしい」とのこと。
午後から会議が入っていたので、時間を気にしながら、京阪名プラザへ。地元の方もこられていたので、少し雑談をして踵を返す。家に閉じ込めたウサギも気になり、すぐ帰ろうと思い探すがない!"車のキーと家のキー”
そのまま、会議に向かい、ゆっくりとバッグの中を探索。いつもは使わない、バッグのポケットにキーを発見。
 夕方帰宅すると、ウサギは、"ぴよんぴょん"とフロアを飛び跳ねて開放感に浸っている。
 結局、忘れることで、失うものはなかったが、これって"健忘症"か、それとも"齢のせい”か。いや、両方かもしれない…。
「首からみんなかけとき!」とは、娘の助言。
明日は"親子リズム会”をします。

南丹病院              2004年11月9日(火)

 精華病院のあり方が問われてから久しい。さかのぼれば大崎町長時代から”建て替え"が言われ、審議会答申では"移転・建て替え・民間活力導入”がいわれ、鍬田町長時代に、"民間病院誘致"と方針が変わり、現町長は存続を前提に、今"第三者評価"を得て、その回答は12月に示される。
その間、病院施設は老朽化し、方針がないままに、利用者も激少。小児科も休診状態となっている。
一方、"医聖会"は着々と精華台に病院を建築中。徳州会病院の進出も言われ、一気に近隣の医療環境は変わりつつある。
議会でも"病院対策特別委員会"で精華病院のあり方を議論しているが、今は、町からの提案待ち。
委員会メンバーで、公立南丹病院と亀岡私立病院を視察する。
南丹病院は、八木町にある中核病院で、464床の大きな病院である。国道9号線と山陰線をまたぐ長くて広い廊下で新館と旧館をつなぐ。看護師学校も併設、広域事務組合の病院である。
亀岡市民病院は、今年6月に開院されたばかりの真新しい病院。100床の病院だが、総工費は50億円。
どちらも、規模が大きく、人口3万人の町には不釣合いで、どこかの立派な大邸宅を眺めているような感じがした。
学ぶべきは、病院の施設ではなく、その理念ではないか。そんな気のする研修であった。

 明るい玄関フロア(亀岡病院)

(仮称)精華台保育所       2004年11月8日(月)

 今日から保育所の申し込み受付が始まった。町広報誌10月号で、入所案内が掲載された。「町立保育所児童受付」として、ひとならびに掲載されている。在園児については、既に手続きが始まっているようで、特に精華台地域に住んでおられる方は、保育所を変わろうかどうか悩んでおられる。と言うのも広報誌を見る限り、新設保育所が民間園であるという説明が無い。
先だっての、民間委託保育所での問題があっただけに、保護者の不安は当然。
朝から、議員団会議があり、その合間に担当課長と話をする。「保護者に新設保育所の説明をすること」「保育所職員にも正しい情報を提供すること」などを求める。
今日から窓口に、「運営委託を予定している社会福祉法人の紹介」文書と、その法人が現在運営している保育所の紹介パンフをおいている、とのことであった。
予定の法人は「社会福祉法人 長尾会」現在、枚方の長尾で2つの保育所を運営しているとのこと。
 私自身、公立保育所で働いていたものの一人として「保育は公的責任で」という持論に変わりはないが、それが、どうしてもできないというのであれば、せめて、保育所選択の際に、十分な情報を提供する責任は町にある、と思う。
加えて、多様な保育サービスを「民間」に求めるだけでなく、町立保育所でもしっかりと保育ニーズを捉えて、保育内容を多様化すべきではないか。それこそ、「保育の公的保障」だと思うが、いかがなものか。

花苗1000ポット            2004年11月7日(日)

 宝ヶ池で"京都まつり"が開かれた。何か出店をしてほしいとのことで、精華町の特産品の"花苗"1000ポットを持ち込んだ。
初めてのことで、売れ残りを心配しながら店開きをしたが、ほとんど売れた。精華の花苗の値打ちを下げては、生産者の方に申し訳ないので、最後まで値下げをしないでがんばった。
 木津からは"鹿背山の柿"和束からは"松ぼっくり"と、思い思いのお店が京都府内から集まり盛況だった。
 帰宅して、荷物を降ろすとすぐに、来客、電話と、忙しくやっぱりこの通信を書き込むのは深夜に…。
先日からお手伝いに行っていた宇治田原町の町会議員の選挙結果が出た。14人定数で共産党議員は3議席を守った。いや守ったと言うより、議席数から言えば"増えた"と言う方があたっている。
おめでとうございます。

精華町母親大会           2004年11月6日(土)

 昨日に続いて、早朝6時半には宇治田原町へ。早朝の木津川は陽炎が立ち、沿道の茶畑やねこやなぎの木立が霧の間から見え隠れする。朝霧に包まれていつもと違う24号線沿いの風景。
午後から"精華町母親大会”。準備のお手伝いにと思い早めに会場に到着。役場の食堂で昼食をと思い入る。いつもは注文をすれば、5分と待たないで出てくる食事が、なんとしたことか待てども待てども出てこない。待つこと30分。山城町に迎えに行く約束があり、さすがの私も"いらいら"気味。
いつもは3人以上でまかなっている厨房に今日は2人。待ち時間が少ないのがメリットの食堂なのに…。土曜日なので"リストラ"対応なのか。
結局、会場準備のお手伝いもできず、5分遅れで山城町へ。
恒例の"パイプオルガン"の演奏が、今日は子守唄に…。
前図書館長のお話と、京言葉で憲法9条を聞く。初めて参加の方もあった。


国道307号線             2004年11月5日(金)

 宇治田原町がよいを始めて一週間。国道307号線を走る。城陽から宇治田原へ向かうくねくね道と、国道163号線の相楽東部のくねくね道が重なる。しかも、やたら交通量が多く、中でも大型車が多い。離合できなくて何度もブレーキを踏む大型車。宇治田原の奥山田から信楽につながる道も狭く、一つ事故が起これば交通マヒを起こし、周辺住民の方は生活にも支障をきたす。
ところどころ"広規格"になっているが、すぐに狭くなり、丁度、蛇が卵を飲み込んだような形状。
生活道路を兼ねる国道ほど、もっと整備をしてほしいとつくづく思う。
 宇治田原町に最近お目見えした新しい施設。文化会館と維考館中学が隣接して建てられている。中学校は全館空調設備が完備しているとか。
これは羨ましい話で、せめて、本町でも"2学期制"実施をするのなら、そのことを見通して施設の整備をしてほしかったと思う。

 
ニューフェイスは女の子       2004年11月4日(木)

 定例になっている、木曜日の親子リズム会の新しい仲間が増えた。ここのところ男の子オンリーだったけど、こられたのは女の子。もうすぐ、第2子を出産予定のお母さんは"年子なので心配"とのこと。我が家の娘たちも年子で生まれたので先輩として一言。「何とかなるもんよ。一緒に大きくなるし…」と。
今は、紙オムツの使用で洗濯もずいぶん楽になったけど、その頃は、確かに洗濯は大変だった。乾燥機や浴室乾燥などはもちろんなく、梅雨時の満艦飾は"言うは易く、なすは難し”だったが、やっぱり、何とかなった。
 お昼に議会事務局に行き、雑談。午後から視覚障害の方たちが、議場の見学にこられるとのことで、新聞記者も待機していた。議場もさほど、バリアフリーになっているわけではないが、現に視覚障害の議員さんが2人おられ、"声のボランティア"さんや、外出支援を利用されて、議員活動をされている。
 障害のあることが、ハンディにならない世の中になってほしいと願っている。当事者の方にとってはいっそう大きな願い…である。


行列が…                2004年11月3日(水)


 長らく空き家だった近商ストア跡にお店が開店。名前は"大和百菜"。奈良の田原本などを中心にした地元野菜の直売所。地元産直農家も入れるということで、いわば、"道の駅"的店舗。朝、開店前に丁度通りがかり、屋台店で買い物。こちらは加茂町からの出店。地元の方が一人でも多く入って、本当の地元直売店になってほしいと思う。今日は初日とあって、開店前から行列ができていた。
 こちらも丁度通りがかりにのぞいてみる。精華台5丁目のコスモス園。花丈は予想通り短いが、花はきれいに咲いて、子どもの目線では丁度いい花丈で、親子連れの姿もちらほら。PR不足か入っている人は少ない。
 貸し農園の集まりが畑で行われた。賃料の支払いや、畑を借りている方のささやかな交流会が行われていたが、時間がなくてこちらはパス。鮭と野菜のあわせ味噌の鉄板焼きの匂いだけ相伴にあずかる。
 午後から、れいによって宇治田原町へ選挙のお手伝い。最後までお付き合いをして帰りは深夜に。
空っぽになった"えさ箱"をひっくり返して、我が家のウサギたちは"無言の抵抗”。〜おそくなってごめんね〜 
                                        

どんぐり拾い             2004年11月2日(火)

 4丁目子育てサロンに参加。手遊びやリトミックの後、どんぐり拾いへ。先日アンケートを実施されて、その回答も見せていただく。子どもが「しゅうかいしょ」と言っていくのを楽しみにしている。などうれしい感想が寄せられていた。
近々、7丁目でも立ち上げられると聞いている。みんなで相談しながらつくりあげていくサークルがいいと思う、など他のサポーターさんとも話し合う。
 お昼過ぎに議会に顔を出す。もうすぐ届く議会だよりのこともちょっと気がかりで…。
 午後からまたまた、宇治田原町へ。昨日のダンプ宣伝カーの候補者は届出をしたのだろうか。町に入ると掲示板のポスターは14枚。さては、無投票と思いきや、届出に遅刻をして、掲示板の番号が15番になったとか。彼のポスターが貼られたのは夕方近くであった。本当に議員になりたくて"立候補"したの?と、はために見ても疑問が残る。
 夜は、地元の会議に出席。帰り道"赤い月"の半月が…。この頃、赤い月をよく目にするのは"気のせい”か、それともなにか”わけあり”か…。


ダンプ宣伝カー?          2004年11月1日(月)


 ひょっとして、無投票?の噂が流れていた宇治田原町の町議選。今日は事前審査が行われ、届出書類や、宣伝カーなどの審査が行われた。
その中のお一人が"ダンプ宣伝カー"で事前審査を受けたとか。もちろん小型だが、それにしても、余り聞いたことがなく、これまた、巷の噂に。定数14人、事前審査に15人。やっぱり選挙、と言うのが地元の方の話。しかし、明日の告示日に立候補の届出があるかどうかは、まだ分からない。
 早いもので、もう11月。余り、秋を実感しない間に冬を迎えそうな気配が…。
 明日は、4丁目の子育てサロンに参加の予定。今週の土曜日には"精華町母親大会"が予定されている。恒例になったパイプオルガンの演奏と、前図書館長の澤田さんのお話。1時45分開会の予定。
長い歴史を持つ母親大会だが、その出発は"一人ぼっちのお母さんをなくしましょう”がスローガン。子育てサークルや子育てサロンとの共通項がここに。どうか、のぞいてみてください。役場交流ホールが会場です。