たんぽぽ通信
寒い冬…?                 11月28日〔金)
 もうすぐ12月。お隣にもクリスマスのイルミネーションが灯り賑やかに。冬?と疑うほど暖かなのに世間は寒い冬。
臨時会が開会され、職員の給与が引き下げられた。特別職は期末手当のみ0.2%カット.職員はこの4月に遡って減給となり、一度手にした給料を返さねばならない。
「思い切ってマンションを買ったのにローンが払えるか心配」と今から悲鳴を上げている若い職員も。確かに世間全体不景気だからというのも一つの理由だが、だからといって「労働の対価を後になって値切る」というのはどうか。
ちなみに、議員の手当てもカットの憂き目に。どう考えても、町長と議員はその性格も役割も違うと思うし、ますます、兼業議員や利権議員が増えるのではなど要らぬ心配をする松田です。
 2004年度の予算要求書を町長あてに提出。この間皆さんからお聞きしたり、議会で要求したことを盛り込んだ要求書だが、果たして新町長どのように受け止めるか。「いうてはることはようようわかる。けどこういう時代の流れやさかい……。辛抱してもらわんと」いつもの返答がどこからか聞こえてくるような、そんな気のする松田です。



議会広報誌の研修で群馬まで       11月26日(水)
 
25日、昨日からの雨はやみそうもない。8時にほうそのを出発。群馬県の大泉町に着いたのは午後の一時。先方の議長や委員が総出で出迎えてくれる。人口4万2千人。うち外国人6千人の町。三洋電機の進出から町の財政もゆとりがあり、人口も増加。地方交付税の不交付団体である。議員は20名、報酬は303,000円。(精華町は22人、228000円)
議会広報誌は21号にして、全国的にも注目されている。懇談で感じたことは、一番に編集方針が確立していること。2番に態勢がしっかりとしていること。(特別委員会、9人体制)などである。
2時間の研修時間があっという間に過ぎ、後、議場なども見学して宿泊地に向かう。終日雨。
 26日、快晴、おまけに暖かい。吉岡町で研修。ちなみにこちらは人口12,000人、議員は20人、報酬は19,000円との事。議員が多いか少ないか、報酬が高いか、安いか、こんな話もしながらの研修であったが、紙面に住民の方が多く参加されているのは参考になった。
精華町の議会だよりも、もっと読みやすく、親しまれるものに変容しなければとの思いを強くした次第です。
 研修は 帰り電車は みな無口  皆さんととても静かに帰りました。



東区文化祭                  11月22日(土)
 
昨夜というか今朝というか遅くまで来客があり、寝たのが午前2時頃。朝の目覚めが悪くついつい朝寝をしてしまう。短くあわただしい一日となる。
お昼過ぎに東区の文化祭へ行く。毎年欠かさず参加している。「こんにちは」と若い青年に声をかけられる。保育所時代に抱っこやおんぶをしていたM君である。「今もどっかのほいくしょにいるんか?」「今は保育所をやめて町会議員の仕事をしている。」「そういえばポスター見たことあるわ。僕も21歳になって選挙権あるねんで。」「今はコンビニでアルバイトをしている。ずーと夜間の勤務やし、今から寝んならん」と言いながら兄弟の様子などを聞かせてくれる。もう17・8年も昔のことなのによく覚えていてくれたなーと感心をする。
 過日、祝園駅で街頭宣伝をしているときも「僕のこと覚えているか」と中学生に声をかけられた。まじまじと顔を見て幼い頃の面影を探す。泣き虫だったり、甘えん坊だったり、恥ずかしがりやだったりした子ども達が、確かな足取りで大人になっている。あの頃、子ども達にとって私はどんな大人だっただろうか…。年中裸足で走り回っていた保母さん?子どもより一生懸命遊ぶ保母さん?確かに子どもより日焼けをして真っ黒の保母さんだったことは間違いない事実です。(今も日焼けは続いている松田です)

 

精華町母親大会へのおさそい       11月18日(火)
 
日時 11月22日(土)午後1時45分から
 場所 精華町役場内交流ホール
 内容 パイプオルガンミニコンサート

     講演 「夢を紡ぐ子ども館」 
     講師 比嘉 昇さん
         加茂町 夢街道・国際交流子ども館代表
         毎日新聞「夢を紡ぐ・子ども館通信」シリーズ連載

 
お誘い合わせの上お越し下さい。


プライベートでオールディ          11月16日(日)
 
七五三のシーズン。次男の長男の5歳のお祝いに城陽の荒見神社へお参り。晴れ着の子ども達が次々に参拝。お供のおばあちゃん達は、なぜか顔見知りばかり。地域で共に子育てをしてきたちょっと前(?)のお母さん達である。「お久しぶり」「お元気?」と声を交わしながらも、お互いのおばあちゃんぶりに痛く感動。
 お昼前からせいか祭りへ。人・人・人で圧倒される。仏具屋さん以外は長蛇の列。おすしと大根の煮物で昼食を済ませ、イベントをいくつか見て帰る。大人4人と子ども3人の移動はそれだけで大変なもの。結構疲れながらも、その後「芋ほり」に出かけた松田です。


いっぱいあります…なやみ         11月14日(金)
 
その1 障害児学級が来春からなくなるらしい。療育教室を利用しているAさんは小学校に行って、この子のいばしょがあるだろうかと今から心配である。
 その2 学校に行けない小学生をお持ちのBさんは、精華町に転宅して後悔をしている。以前住んでいた所は「適応指導教室」や、児童館があって学校に行けなくても、子どものいばしょがあった。精華町でも何とかならないものだろうか。NPO法人の子ども館は負担が重い。
 今、集団に入れない子ども達が様々な形で切り捨てられようとしている。効率的合理的なやり方が追求されるあまり、疎外される子ども達が増えている。「1人ひとりの子どもを大切に」という言葉が宙を舞う。そんな悩みが次々と寄せられる。
もうすぐ12月議会。そんな小さな声を届けたい。



~>゜)〜〜〜君…無事?           11月12日(水)
 
小春日和。昼下がりに山手幹線を車で走る。目の前に、伸ばせば1m以上はある、つやつやとした青大将が悠々と横断。思わず車を振って徐行。冬眠場所でも探しに行ったのか…。昔と違うのよ!人間の勝手だけど。
無事に渡ったのだろうか。そのことがなぜか頭にこびりついて離れない一日でした。

 ピーナッツはすごい!
 
夏野菜がそのまま残る畑に行く。目的は落花生堀り。.伸びた枝先の節々に実をつけている、形は不ぞろいだがいろいろあって面白い。花が根を下ろして土の中で実を結ぶ、不思議な植物である。落花生 花を落として 実を結ぶ うまく命名したものだと1人で感心…の松田でした。

孫も子も絶対に戦場にはおくりません   11月10日(月)
 
総選挙が終わりました。マスコミあげての”2大政党”選択選挙に見事に完敗しました。精華町では、10人に1人の方が「日本共産党」とかいてくださいました。ご支援くださいました皆さんに心からお礼を申し上げます。
 4人の子どもと6人の孫がいます。保育所でも多くの子ども達と出会ってきました。「この子達に平和な世の中をつなげたい」これが、松田の入党の原点です。
生まれたのは戦中ですが、物心がついた頃には「平和」でした。平和に暮した私たちの世代が、「戦争」の出来る国を残すわけには行きません。選挙は連敗続きですが、もう一度原点に立ち返ってがんばります。
 ちょっと落ち着いたら、孫達の顔も見に行かなくては…。選挙で久しく逢っていない孫達に、今度は少しばかりのお土産なども用意して。
あまり、役立たないおばあちゃんですが、たまにはおばあちゃんらしくしたい願望もあるのです。松田にも!


雨の中、走る矢口候補…若い!        11月3日
 
お昼前に矢口候補の街頭演説会がアルプラ前で行われました。久しぶりの雨が本格的に降り出して、あいにくの日和となりましたが、矢口候補の演説はますます熱を帯びて聞く人の胸に響きました。狛田診療所前でも雨。しかし、矢口候補、車から降りると、白い合羽をなびかせて、50メートルも先で演説を聞いている人に向かって全力疾走!彼の若さを実感しました。

3連休…ですが  
                 11月2日
 明日は「文化の日」、深まる秋の野道の散策など絶好の日和がつづいています。しかし、松田はまだまだ選挙の渦中。相変わらずの毎日です。
 夕方、府道から精華大通りを抜けて帰路に。精華台に入ると、なんともきれいにデコレーションされたダンプが列をなしていました。人もいっぱいで普段見慣れない光景でした。騒音と、渋滞は結構ひどいものでした。帰ってすぐに、木津警察に問い合わせをしました。「なんか集会をしているみたいです。」「今、現地に向かっています。」と返答がありましたが、クラクションの音は、光台まで届いていました。
 阪神淡路大震災のとき、いち早く生活物資を積み込んで神戸に向かったのは、ダンプの仲間でした。精華町に在住の知り合いからその話を聞いて感動したことも思い合わせて、それ以上の追及はやめました。同じなら、クリスマスの頃に終結されるのも一考かなと、あらぬことを考えた松田でした。