1999.3.31 国立国語研究所にて
ことばの組み合わせっていくつあるの?

−日英機械翻訳のための単文の結合価パターン対の収集−

白井 諭

ATR音声翻訳通信研究所 / NTTコミュニケーション科学基礎研究所


[ 言語データ作成研究会, pp.1-16 (1999.3). ]
[ Meeting on creating linguistic data, pp.1-16 (March, 1999). ]



-1 ことばの数っていくつあるの?

通常使用する語数：数千語
人間がわかる語数：数万から十数万語（国語辞書）
     人間の言語活動には，百科知識も必要
実用記述文（新聞等）：固有名詞（人名，地名，企業名，製品名など），時事用語
実用記述文（技術系）：専門用語

★計算機処理 ＝ �‖仂殀楼呂鮟�々に拡大する（量的変化と質的変化）
／ ��絞り込んだ対象に適用する（現実的対応）
／ ��新聞記事を対象とするための基本語彙
一般語10万語 古語等を除く
地名20万件 国内は字名まで，海外は主要都市など
主要な姓氏10万件 （地名と重複）
高頻度の名前5万件
主要な企業名1万社
合計 異なり30万語，意味属性の異なりでは40万語
・ 1万語（特に1,000語）には多様な用法あり → 用法の体系化
（例えば, 属性分類）
・ それ以外は限られた用法しか持たない



0 ことばの組み合わせっていくつあるの?

表1 新聞記事における品詞の分布（日本経済新聞，1990年1月分）
品詞分類 延べ語数比率(%)
名詞 体言 12,555,773 81.85
助詞助辞 893,6155.83
助動詞 496,9073.24
記号
 491,3373.20
動詞 用言 446,4852.91
ナ型形容詞 32,2190.21
イ型形容詞 31,6970.21
副詞副言 27,8100.18
連体詞 24,3390.16
接続詞裁断言 11,3890.07
感動詞 960.00
合計 15,340,548100
（注）ALT-J/Eの解析結果による集計


体言―体言（連体，並列）　

体言―用言（格関係）　

用言―用言（接続関係，引用など）　

用言―体言（連体＋格関係／外の関係）　



1 はじめに

機械翻訳の方法　＝　近似精度の追及

中間言語方式 ＝ “法則性”に基づいて翻訳する
類似言語内の翻訳では有効か
適当な中間言語を構築する

規則型翻訳方式 ＝ 単語単位の規則 → 共起関係を記述した規則
非類似言語間の翻訳で効果を発揮
事前準備により様々な言語現象に対応
規則記述の際，副作用等を防止できる

用例型翻訳方式 ＝ 初めから“言語法則”が組み合わされている状態を利用
対応付けが可能なら言語の類似性は不問
事例の入手が容易な領域では有効
事前準備を省略できる可能性がある

前提：実例から規則・法則性を抽出する



2 パターン対記述の枠組み

 機械翻訳のための体言と用言の共起の体系化（結合価パターン） 　　　　必要に応じて，副詞や様相機能語も付記 用言(述語)の種類 ＝ 動詞，形容詞(イ型,ナ型)，名詞(断定文) 　　　　複合用言は基本語に分解する 体言(名詞)の意味の2,000種程度以上の分類が必要（日英機械翻訳の場合） 単語意味属性体系 意味辞書 一般名詞意味属性体系 (12段木構造 2,700属性) 固有名詞意味属性体系 (9段木構造 130属性) 用言意味属性体系 (100属性=動的属性×格関係) 構文意味辞書 ・一般パターン (13,500件) ・慣用パターン 　(3,000件) ・専門パターン 　(若干) 単語意味辞書 ・一般語(12万語) ・固有名詞(20万語) ・専門用語(5万語) ・時事用語等(3万語) 　(合計40,000語) 図1 ALT-J/Eにおけるパターン対記述の枠組み 緑字はパターン対記述に使用する属性, 赤字は本論文の検討範囲を表す.

パターン対の例

 動詞 　　　　Ｘ[主体]が Ｙ[＊]を 研究する→ X research Y 　　　　Ｘ[主体]が Ｙ[機械類]を 開発する→ X develop Y 　　　　Ｘ[茶]が 入る+た→ X is(現在) ready 形容詞(イ型・ナ型) 　　　　Ｘ[＊]が 大きい→ X be big 　　　　Ｘ[＊]は Ｙ[＊]が 豊富だ→ X be rich in Y 名詞(断定文) 　　　　(今日は) 天気だ→ it be fine (today) 　　　　Ｘが Ｙ次第だ→ X depend on Y 複合用言は基本語に分解する 　　　　用言＋用言 　研究開発する→ 研究する＋開発する 　　　　格要素＋用言　栄養豊富だ → 栄養(が)＋豊富だ 　　　　副詞＋用言 　大発生する → 大(規模に)＋発生する

2 パターン対記述の枠組み

 日本語パターン 　　　　格要素(主名詞+助詞) [＋副詞要素] ＋ 用言 [＋様相情報] 英語パターン 　　　　骨格構造(動詞句+必須要素+前置詞句等)＋詳細要素(訳語+文法属性等) 一般パターン 　　　　用言意味属性＝所有的移動 　　　　Ｘ[主体]が Ｙ[具体,抽象物]を Ｚ[主体]に Ｗ[価格]で 売る 　　　　X sell Y to Z at W 慣用パターン 　　　　用言意味属性＝ 　　　　Ｘ[主体]が Ｙ[場所(店舗以外)]で 油を 売る 　　　　X idle away X's time at/in/on Y 専門パターン 　　　　（ドメインごとに作成する）

3 パターン対の収集方法

3.1 和英辞書からのパターン対の収集

 (1)パターン対の収集方法 「ライトハウス和英辞典」　動詞「上がる」の第2の語義の例文 　　　彼の学校の成績が上がった.　 His school record has improved. ― Ｘ〔成績, 能力〕が ― Ｙ〔数量〕から ― Ｚ〔数量〕まで ― 上がる ― VP improve ― SUBJ X ― PP from Y ― PP to Z (2)収集されたパターン対の数 主な用言5,600語 一般パターン10,000件 　　　慣用パターン　3,000件 (3)充足性と考察 情報処理装置関連の仕様書(1,361文)への適用性評価（除, 専門用語） 仕様書中の異なり 収集済み 不足 備考 用言の種類 142語 120語 22語 (15%) パターン対 201件 154件 47件 (23%) 22件(22語)＋25件(23語) 和語動詞のパターン対が特に不足 人間： 和英辞書を引いて必要な情報が得られない 　→ 同じ意味の別の表現に言い換えて辞書を引き直す 辞書には, 高頻度の用法は収録されていると推定される 　→ 高頻度用言の低頻度用法（23用言に対する25パターン対の不足） 　→ 低頻度用言（22用言）

3.2 高頻度用言のパターン対の充足

 (1)日本語辞書の語義分類に基づく収集 日本語辞書（IPAL動詞辞書, 861語）の語義分類（用例）の利用 用例に対する英訳文の作成 （日本語原文に忠実で, 英語としても通用する） 　　　　→ その対訳データからパターン対を作成する (2)収集されたパターン対の数 和語動詞861語　対訳例文 5,243文（和文7.5万字, 英文4万語） 　　　→ 新規パターン対 1,532件　＋　修正パターン対 500件 　　　→ 仕様書の翻訳実験で不足していたパターン対は網羅されず IPAL動詞辞書 ＝ 日本語動詞の語義分類　→ 日英翻訳の観点からの見直し 　　　　1語義あたり複数の例文あり → 複数のパターン対が必要な場合が多い 　　　　→ 語義あたりの例文数を増やす (3)人の知識の内省による収集 日本語としてニュアンスの異なる用法を可能な限り列挙（IPAL語義の2〜3倍） 　　　　→ 翻訳専門家にその例文に対する英訳文を付与してもらう 　　　　　　　　→ その対訳データからパターン対を収集する (4)パターン対の収集見込み 対訳用例10,497文（861和語動詞，和文13万字, 英文6.8万語）を収集（約1.5人年） パターン対収集の試行（語義数の多い動詞と少ない動詞を混合，計36動詞） 　　　　→1,100用例文から新規パターン対300件を抽出 10,497文からパターン対3,000件を抽出見込み　：予想（単純計算）

3.3 低頻度用言のパターン対の収集

 (1)人の知識の内省による収集 辞書から例文を収集するのは困難（収録なし，収録されていても記述が簡単） 　　　　→ 人の知識の内省による収集 　　　　＝ 日本語としてニュアンスの異なる用法を列挙（1語あたり2文を目安） 　　　　→ 翻訳専門家にその例文に対する英訳文を付与してもらう 　　　　　　　　→ その対訳データからパターン対を収集する 対象：現代日本語　→ 「現代国語例解辞典」に基づいて低頻度用言を選定 　　　　語数の見積もり　→ 「学研国語大辞典」(電子化)との対比から推定 学研国語大辞典 現代国語例解辞典 (全登録) (除，文語・古語) 和語動詞 6,300語 5,900語 3,500語 文語・古語等の表示あり 一般的でない語が残存 以下，学研国語大辞典の語数の6割として単純計算 (2)パターン対の収集見込み 例文からパターン対を抽出する際の歩留まり 7割 複合和語動詞（収集済み，「とびだす」「うちこむ」など） 「例解」語数 作例数 パターン対 収集済み 新規パターン対 2,105語 3,717文 2,600件 800件 2,000件 収集予定 種別 「学研」語数 「例解」語数 作例数 収集済み 新規パターン対 ナ型形容詞 4,300語 2,600語 4,400文 900語 1,200件 2,000件 漢語動詞 9,000語 5,400語 9,000文 3,000語 4,000件 3,500件

4 必要なパターン対数と用例数の見積もり

 表1 日英機械翻訳に必要なパターン対の数の見積もり（単位1,000） 3.1 和英辞書から 3.2(1) IPAL辞書から 3.2(3) 対訳作例から 3.3 対訳作例から 合計 語数 Ｐ数 語数 例数 Ｐ数 語数 例数 Ｐ数 語数 例数 Ｐ数 Ｐ数 一般パターン 5.6 10.0 1.2 1.7 1.2 3.3 10.4 8.3 23.2 　和語動詞 1.2 3.2 1.1 5.2 1.5 1.1 0.5 3.0 0.4 1.0 0.3 8.1 　複合和語動詞 0.4 0.8 2.1 3.7 2.0 2.8 　漢語動詞 3.0 4.3 5.0 10.0 3.5 7.8 　イ型形容詞 0.2 0.5 0.2 1.9 0.2 0.2 1.9 0.3 0.4 1.0 0.4 1.0 　ナ型形容詞 0.9 1.2 2.6 4.0 2.0 3.2 　名詞 0 0 0.1 0.2 0.1 0.1 慣用パターン 0.6 3.0 0.1 0.4 0.5 4.0

5 おわりに

 日英機械翻訳に必要な結合価パターン対の数とそれを収集する手段を検討 (1)人間用の和英辞書から，一般表現10,000件, 慣用表現3,000件を収集 (2)高頻度用言の低頻度用法の収集 　　　　a.日本語辞書の語義ごとに記載された用例を利用 　　　　b.人間の知識を内省して得られた作例文を利用 　　　　　　　　和語動詞1,000語 　　　　　　　　 7,500件のパターン対が必要 　　　　　　　　15,000件の用例収集が必要 (3)低頻度用言の用法の収集 　　　　・人間の知識を内省して得られた作例文を利用 日本語述語全体：約27,000件のパターン対が必要であると推計 高頻度の用法を収集するのは比較的容易 　　　　→ 支援処理による人手作業の効率化 低頻度の用法を収集するのは困難 　　　　→ 若干の事例を参考に, 内省により辞書・規則を作成するのは可能 　　　　→ 副作用を予想しながら辞書・規則を作成する 用例型翻訳の現状 「用例を追加すれば品質が向上する」のは容易ではない 　　　　→ 低頻度の領域は，用例の追加の副作用が心配 　　　　→ 高頻度の領域は, 統計的手法等により, 一定の信頼性が保証される 高頻度の用法 → 用例型翻訳（ただし，手作業を回避する） 低頻度の用法 → 規則型翻訳，収集しきれないことを想定した対処