機械翻訳の品質向上には,動詞と名詞の意味的共起を結合価パターンとして記述し, それを原言語と目的言語で対にした結合価パターン対の使用が有効である。 従来は,和英辞書等の例文を参考にして,人手により1件づつパターン対を記述することにより, 平成8年度末現在で約17,000件の規模の構文辞書を構築してきた。 しかし,日本語の単語に対して英語の表現を対応させるという方法では, 慣用的な表現を文字通り訳されてしまうという問題がある。 そこで,本稿では,英和辞書には英単語に対する日本語の表現が記述されていることに着目し, 日本語の複数の文節からなる述語表現と英単語の対応について検討する。
機械翻訳,日英翻訳,連語表現,英和辞書,結合価パターン対
In order to improve the quality of machine translation, the valency pattern method is known to be effective to analyze the semantic relationships between verbs and nouns. We compiled about 17,000 patterns referring to example sentences in Japanese-English dictionaries before 1997. These patterns transfer Japanese predicates into English expressions, but are insufficient for transferring idiomatic ones. In this paper, we analyze multi-word Japanese predicate expressions, based on a English-Japanese dictionary that includes those Japanese expressions.
machine translation, Japanese-to-English translation, multi-word expression, Japanese-English dictionary, valency pattern pair
1 はじめに | |
2 英単語に対する日本語訳表現の単語構成 | |
3 名詞と動詞を含む表現の分類 | |
4 おわりに | |
参考文献 |
機械翻訳における意味解析では,単語の共起関係を正しく捉えることが必要である。 特に原言語と目的言語で表現の基本構造を対応づけるには, 用言と名詞の意味的な共起に着目した結合価パターン対の使用が有効であることが知られている。 このパターン対の使用に当たっては,記述精度の問題と収集方法の問題がある。
記述精度の問題については,日英機械翻訳の場合, 格要素となる名詞の意味属性を約2,000種類以上の分解精度で分類すれば, 慣用表現や専門的な表現を除き, 日本語の動詞を訳し分けられるような結合価パターン対が記述できることが 知られている[池原93]。
また,収集方法の問題について, 筆者らは人用の和英辞書[和英84]に記載されている対訳例文, および,日本語の辞書[IPAL87]の詳細な語義分類に基づく用例文や 人の知識を内省して作成した用例文に基づいて,日英結合価パターン対の収集を進めている。 現時点では17,000件あまりを収集しているが, 最終的には25,000件程度にする必要があると推定している[白井95]。
この結合価パターン対辞書を始めとして, これまでは日本語の単語に対する英語表現を収集してきたが, 日本語の単語に対して英語の表現を対応させるという方法では, 訳文品質を向上させる上で基本的に限界がある。 英単語の日本語訳が複数の文節に相当する場合が少なくないからである。 逆に言えば,日本語の複数の文節からなる表現をうまく一つの英単語に対応づけることができれば, それだけ自然な英訳文が得られる可能性があると言える。
そこで,本稿では,日本語の複数文節を英単語に対応づける方法の確立を目指し,その一環として, 英和辞書を題材にして英単語と日本語の複数文節が対応する表現の調査を行なう。 特に,結合価パターン対辞書を充実させることを目的として, 日本語の格要素と動詞が一つの英単語に対応する場合について重点的に検討する。
本稿では,電子化された英和辞書(学研英和辞書データベース,約6万見出し)を対象に, 英語の見出し単語に付与された日本語訳表現の分析を試みた。 具体的には,英単語の日本語訳を形態素解析し, その結果が複数文節からなる日本語訳の品詞列を分類し,種類と出現件数を整理した。 英和辞書に収録されていた英日訳語対の総数は114,829件で, うち27,598件が複数文節の表現として解析された(表1)。
文節数 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 合計 |
出現数 | 87,608 | 21,149 | 5,113 | 760 | 143 | 38 | 14 | 1 | 2 | 1 | 114,829 |
日本語訳表現の品詞列の分類に当たっては,まず大まかな傾向を把握することにした。 例えば,複合名詞と単一名詞では単語列の構成は異なっているが, 全体としては名詞である点で同等に扱う方が傾向がつかみやすい。 そこで,同じ品詞が連続している場合は一つにまとめた。 しかし,付属語や補助動詞等では品詞レベルに抽象化すると特徴が失われるため, 入力表記をそのまま使用した。 形態素解析に当たっては,括弧書きをされた補足表現は取り除いた。
対象とした英和辞書は,記述上の特徴として日本語訳表現にはひらがな書きや混ぜ書きが多く, また同一単語でも表記の揺らぎがあり, それらが原因となって形態素解析が失敗するケースが目立った[白井97]。 例えば,「不明瞭な(ambiguous)」,「不明りょうな(inarticulate)」, 「不めいりょうな(obscure)」の場合,後の2つは形態素解析が失敗した。 そこで,一度形態素解析を行なった後, 未知語や1文字づつ切断された表現などを機械的に取り出して 形態素解析の誤り補正ルールを作成し, 誤りを回復した[白井96,横尾97]。
また,英単語に対する日本語訳表現は断片的な表現であるため, 単純に形態素解析を行なうと誤りが発生することがある。 例えば,「正確な(correct,faithfulなど)」は形容動詞の連体形とすべきであるが, 形態素解析では文相当として扱われるため,「な」は終助詞にされる。 これを防ぐため,英単語の品詞が形容詞の場合はダミーの名詞を付加しする, 副詞の場合はダミーの動詞を付加する,などにより,文相当の入力となるようにした。
このようにして得られた形態素解析の結果をソートして出現件数の多い品詞列を集計した。 集計結果を表2に示す。なお,表2において文節境界を/で示す。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名の/名/ | 3781 | 大使の資格(名,ambassadorship) |
2 | /名を/動/ | 1937 | 注をつける(他,annotate), 人を引きつける(形,winsome) |
3 | /動/名/ | 1445 | ほえる動物(名,barker) |
4 | /名に/動/ | 1000 | 水につかる(自,souse), 西に傾く(形,westering) |
5 | /静/名/ | 993 | 見事な腕前(名,masterstroke) |
6 | /名の/形/ | 971 | 器量のよい(形,goodly) |
7 | /形/名/ | 635 | 望ましいこと(名,desirability) |
8 | /名を/動/名/ | 629 | 専門的助言をする人(名,consultant) |
9 | /名の/動/ | 568 | 耐久性のある(形,enduring) |
10 | /副/動/ | 526 | ちらっと見る(自,peek), たっぷりある(形,flush) |
11 | /名で/動/ | 443 | はけではらう(他,brush), 肉眼で見える(形,megascopic) |
12 | /動た/名/ | 276 | こってりした食べ物(名,stodge) |
13 | /静/動/ | 251 | 大事に扱う(他,pamper), 陽気に騒ぐ(形,hilarious) |
14 | /名を/動た/ | 236 | つぼみをもった(形,budding) |
15 | /名に/動/名/ | 235 | 一点に集まること(名,convergence) |
16 | /名に/動た/ | 225 | フクロウに似た(形,owlish) |
17 | /記の/名を/動/ | 200 | …の船長を務める(他,skipper), …の耳を持つ(形,eared) |
18 | /名が/動/ | 195 | のどがかわく(自,thirst), 寒気がする(形,chilly) |
19 | /名の/形/名/ | 194 | 人口密度の高いこと(名,populousness) |
20 | /形/動/ | 193 | 安く売る(他,undersell), 悪く言う(自,detract) |
記号 | 品詞 | 記号 | 品詞 | |
名 | 名詞 | 静 | 形容動詞 | |
動 | 動詞 | 連 | 連体詞 | |
形 | 形容詞 | (以上,日本語のみ) | ||
副 | 副詞 | 代 | 代名詞 | |
接 | 接続詞 | 他 | 他動詞 | |
感 | 感動詞 | 自 | 自動詞 | |
(以上,日本語・英語共通) | (以上,英語のみ) | |||
(以外) | 補助動詞,助詞,助動詞など(日本語のみ) |
表2から出現件数の多い品詞傾向を概観することができる。 次節では特に頻度の高い結果が出た名詞と動詞を含むものを取り上げる。 名詞と動詞を含む表現は,格要素と動詞である可能性が高く, 結合価パターン対辞書[白井95]への収録項目として特に重要なものである。
本節では,英単語の日本語訳に名詞と動詞を含む場合を取り上げる。 それらは,格要素が動詞に係る場合, または,動詞が名詞を連体修飾している場合であると考えられる。 前者は結合価パターンそのものであり,後者は一般に被修飾名詞を格要素に還元できるため, 結合価パターンに準じて扱うことができる。 そのうち件数の多いものを表3のように8つに分類してそれぞれの傾向を探った。 以下,各分類の上位を表4〜表11に示す。
No. | 分類(品詞列の例) | 件数 |
1 | 動詞で終わるもの (ex.名を動, 名に動て動) |
3263件 →表4 |
2 | 名詞で終わるもの (ex.名を動名, 名のようで動名) |
3735件 →表5 |
3 | 助動詞「た(だ)」で終わるもの (ex.名を動た, 名の名を動た) |
1220件 →表6 |
4 | 助詞「て(で)」で終わるもの (ex.名を動て, 名から動て) |
518件 →表7 |
5 | 助動詞「ない」で終わるもの (ex.名を動ない, 名を動れない) |
463件 →表8 |
6 | 助動詞「せる(させる)」で終わるもの (ex.名を動せる, 名を動て動せる) |
259件 →表9 |
7 | 形容詞で終わるもの (ex.名に動形, 名と動て形) |
54件 →表10 |
8 | その他 (ex.名に動れた, 名と動ての) |
648件 →表11 |
表4では,日本語の格要素と動詞が英語の1単語に対応している。 厳密には,英単語が動詞の場合は日本語の動詞は終止形, 英単語が形容詞の場合は日本語の動詞は連体形という違いはあるが, いずれもこの格要素と動詞の関係をうまくつかまえることが重要であると思われる。 これらは基本的には結合価パターン対辞書に収録したい。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名を/動/ | 1937 | 武器をとる(自,arm), 目をさましている(自,wake) |
2 | /名に/動/ | 1000 | 隔日毎に起こる(形.tertian), モザイク模様にする(動,tessellate) |
3 | /名の/動/ | 568 | 興味のある(形,interesting), 見晴らしのきく(形,commanding) |
4 | /名で/動/ | 443 | 電気でうごく(形,electric), ちょうつがいで動く(自他,hinge) |
5 | /記の/名を/動/ | 200 | …の輪郭を描く(他,delineate), …の耳を持つ(形,eared) |
6 | /名が/動/ | 195 | 目がさめる(自,awake), 釈明する義務がある(形,accountable) |
7 | /名と/動/ | 141 | ゴーゴーと燃える(形,roaring), 前兆となる(自,augur) |
8 | /名/動/ | 136 | ペン書きする(他,pen), 2年間続く(形,biennial) |
9 | /名の/名を/動/ | 88 | 刑の執行を猶予する(他,respite), 人の心を動かす(形,touching) |
10 | /記に/名を/動/ | 86 | …に破門を申し渡す(他,anathematize), |
11 | /名から/動/ | 71 | エピソードから成る(形,episodic), 列車から降りる(自,detrain) |
12 | /名を/動て/動/ | 59 | 帆を張って走る(自他,sail), ふるいを通して落ちる(自,sift) |
13 | /静/名を/動/ | 46 | 詳細な計画を立てる(他,blueprint), 率直に物を言う(形,outspoken) |
14 | /名の/名に/動/ | 40 | 多くの目的にかなう(形,all-around) |
15 | /名も/動/ | 34 | 恐れげもなく(副,audaciously), 人もうらやむ(形,enviable) |
16 | /形/名を/動/ | 31 | 強い印象を与える(形,impressive), 固く約束をする(他,plight) |
17 | /動/名の/動/ | 30 | 知ることのできる(形,knowable), 思いやりのある(形,thoughtful) |
18 | /名と/動て/動/ | 29 | 代表として派遣する(他,delegate), 小滝となって落ちる(自,cascade) |
19 | /副/名を/動/ | 28 | ぶつぶつ不平を言う(形,grouchy), 再び姿を現す(自,reappear) |
20 | /記を/名に/動/ | 26 | …を妻にする(他,wive), …を手本にする(自他,model) |
21 | /名へ/動/ | 24 | 西へ向かう(形,westbound), 元へ戻す(他,rehabilitate) |
22 | /名の/名が/動/ | 22 | 先見の明がある(形,farseeing), 先見の明がなく(副,improvidently) |
23 | /名と/名を/動/ | 22 | パチパチと音を立てる(自,splutter), ガチャンと音をたてる(自他,crash) |
24 | /名に/動て/動/ | 21 | 体に巻き付けて着る(形,wraparound), |
表5には,日英翻訳の観点では英和辞典の訳語に問題がありそうなものが多い。 一見して訳語が説明的であり,通常の日本語の文章には現れないような表現が多いからである。 従って,これらの語を日英翻訳用の辞書に収録しても効果は少なく, 収録する場合には現実に使われそうな表現に置換するなどの措置が必要である。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /動/名/ | 1445 | 沈思黙考する人(名,contemplator) |
2 | /名を/動/名/ | 629 | 詰め込み勉強をする学生(名,crammer) |
3 | /動た/名/ | 276 | 芝居がかったしぐさ(名,histrionics) |
4 | /名に/動/名/ | 235 | 五月にさく花(名,Mayflower), 水底にすむ魚(名,groundfish) |
5 | /副/動/名/ | 183 | 突然浮かぶ名案(名,brainstorm), ゆっくり歩く人(名,pacer) |
6 | /動ている/名/ | 136 | 一貫していること(名,connectedness), |
7 | /名と/動/名/ | 123 | 中心となる物(名,backbone), ボーンという音(名,bong) |
8 | /名の/動/名/ | 102 | 骨の折れる仕事(名,grind) |
9 | /動ない/名/ | 93 | 両立しないこと(名,incompatibility), |
10 | /動せる/名/ | 77 | 拡張させる人(名,dilator), 没頭させる問題(名,preoccupation) |
11 | /名で/動/名/ | 68 | ベールで覆い隠すこと(名,veiling) |
12 | /動れた/名/ | 56 | 洗練された考え方(名,sophistication) |
13 | /形/動/名/ | 50 | やかましく鳴く鳥(名,chatterer), 安っぽい飾りもの(名,gaud) |
14 | /名を/動た/名/ | 44 | 百歳を越した人(名,centenarian) |
15 | /名の/名を/動/名/ | 39 | パンの配給を待つ列(名,breadline) |
16 | /名に/動た/名/ | 37 | コインに似せたペンダント(名,medallion) |
17 | /名/動/名/ | 37 | 一目見ること(名,glimpse), たくさんあること(名,prodigality) |
18 | /動やすい/名/ | 35 | 傷つきやすいこと(名,vulnerability) |
19 | /名が/動/名/ | 30 | カウボーイがはく革ズボン(名,chaps), |
20 | /副と/動/名/ | 30 | とうとうとしゃべる人(名,spouter) |
21 | /静/動/名/ | 29 | 自由に動ける空間(名,elbowroom) |
22 | /名に/動ている/名/ | 24 | 霧にぬれていること(名,dewiness) |
23 | /動べき/名/ | 22 | 驚嘆すべき事件(名,eye-opener), 恥ずべきこと(名,shamefulness) |
24 | /名の/動た/名/ | 21 | 毎日のきまりきった家事(名,chore) |
25 | /動/動/名/ | 20 | 繰り返し教え込むこと(名,inculcation) |
表6では,英語の品詞は概ね形容詞であり,日本語の動詞は連体形である。 表4と同様に,日本語の格要素と動詞が英語の1単語に対応する。 これらも基本的には結合価パターン対辞書に収録したい。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名を/動た/ | 236 | 腹をたてた(形,angry), ターバンを巻いた(形,turbaned) |
2 | /名に/動た/ | 225 | 若さにあふれた(形,youthful), 最初に生まれた(形,first-born) |
3 | /名の/動た/ | 181 | 地味のこえた(形,fertile), 支払い期限の過ぎた(形,delinquent) |
4 | /名と/動た/ | 61 | いつもとちがった(形,unusual), 意気ようようとした(形,triumphant) |
5 | /名で/動た/ | 59 | 油であげた(形,fried), 試験管内でできた(形,test-tube) |
6 | /名が/動た/ | 36 | 感覚がまひした(形,anesthetic), 頭がぼんやりした(形,woolly-headed) |
7 | /名/動た/ | 26 | 遠くへだたった(形,remote), 自ら認めた(形,confessed) |
8 | /名を/動だ/ | 22 | 足を組んだ(形,cross-legged), つづれ織りを織り込んだ(形,tapestried) |
9 | /名の/名を/動た/ | 20 | 二重の目的を持った(形,double-barreled) |
10 | /名から/動た/ | 19 | 書から出た(形,Biblical), 上から見おろした(形,bird's-eye) |
11 | /名に/動だ/ | 16 | 表情に富んだ(形,expressive), 十分にしみ込んだ(形,saturated) |
12 | /形/名を/動た/ | 10 | 手っとり早い方法をとった(形,shortcut) |
13 | /名の/名に/動た/ | 8 | 体の線にぴったりした(形,full-fashioned), |
14 | /名を/名に/動た/ | 7 | 人をばかにした(形,snide), 20を基礎にした(形,vigesimal) |
15 | /静/名を/動た/ | 7 | 豊かな胸をした(形,bosomy), 簡潔で要領を得た(形,pithy) |
16 | /記の/名を/動た/ | 5 | …の血をもった(形,blooded), …の形をした(形,shaped) |
表7は,英語の品詞は副詞であり,日本語の表現は節の形式になっている。 現在の結合価パターン対の記述枠は単文レベルであるため,このような表現は記述できない。 他の枠組で対処したい[松尾95]。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名を/動て/ | 147 | 熱心さを欠いて(副,halfheartedly) |
2 | /名に/動て/ | 114 | 農業に関して(副,agriculturally), 浅瀬に乗り上げて(副,aground) |
3 | /名と/動て/ | 83 | ふつうとちがって(副,unusually), 教区牧師として(副,vicarially) |
4 | /名が/動て/ | 43 | 目がさめて(形,awake), 粘着性があって(副,stickily) |
5 | /名に/動で/ | 11 | 弾力に富んで(副,elastically), 涙にむせんで(副,sobbingly) |
6 | /名/動て/ | 8 | いつもきまって(副,invariably), 1時間続いて(副,hourlong) |
7 | /名を/動で/ | 7 | 水銀を含んで(副,mercurially), 昔を懐かしんで(副,nostalgically) |
8 | /名から/動て/ | 6 | 自分から進んで(副,freely) |
9 | /副/名を/動て/ | 5 | ぱっくり口をあけて(副,gapingly), |
表8では,表7と同様に,英語の品詞は形容詞であり,日本語の助動詞「ない」は連体形である。 表4,表6と同様に,日本語の格要素と動詞が英語の1単語に対応する。 これらも基本的には結合価パターン対辞書に収録したい。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名を/動ない/ | 99 | 上着を着ていない(形,shirtsleeve) |
2 | /名に/動ない/ | 77 | 伝統にとらわれない(名,Bohemian), |
3 | /名の/動ない/ | 71 | 実のならない(形,barren), 言い訳の立たない(副,indefensible) |
4 | /名が/動ない/ | 32 | 気が置けない(形,affable), 羽が生えそろっていない(形,unfledged) |
5 | /動/名の/動ない/ | 9 | 許すことのできない(形,impermissible), |
6 | /名も/動ない/ | 7 | けんかも辞さない(形,feisty), 涙も出ない(形,tearless) |
7 | /名の/名を/動ない/ | 6 | 人の迷惑を考えない(形,mindless), |
8 | /動/名を/動ない/ | 6 | 満足することを知らない(形,insatiable), |
表9は,表4と同様に,日本語の格要素と動詞句が英語の1単語に対応する場合である。 助動詞「せる」の付加は,使役表現というよりは自動詞を他動詞化している場合が多いようである。 また厳密に言えば,英単語の品詞が動詞の場合には日本語の助動詞「せる」は終止形であり, 英語の品詞が形容詞の場合には日本語の助動詞「せる」は連体形であるという違いはあるが, いずれも結合価パターン対辞書に収録したい。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名を/動せる/ | 121 | 波をたたせる(他,wave), 親分風を吹かせる(形,bossy) |
2 | /名に/動せる/ | 16 | 兵役につかせる(他,enlist), 社会生活に順応させる(他,socialize) |
3 | /記の/名を/動せる/ | 13 | …の頭を混乱させる(他,bemuse), …の人間性を失わせる(他,dehumanize) |
4 | /名を/動させる/ | 13 | 心身を疲れさせる(形,exhausting), 我を忘れさせる(他,entrance) |
5 | /名と/動せる/ | 10 | フッ素と化合させる(他,fluorinate), もうろうとさせる(他,fuddle) |
6 | /記に/名を/動せる/ | 9 | …に敵意を抱かせる(他,antagonize), …に湿気を含ませる(他,moisturize) |
7 | /名で/動せる/ | 6 | 難問で当惑させる(他,pose), 自分で発見させる(形,heuristic) |
8 | /名の/名を/動せる/ | 5 | 人の心を感動させる(形,eloquent), 不釣り合いの結婚をさせる(他,mismatch) |
9 | /名/動せる/ | 5 | 一杯くわせる(他,cod), 一杯くわせる(他,hoax) |
表10において,表面的には英単語の品詞は形容詞と副詞であり, 対応する日本語の表現は連体形と連用形(特に,副詞形)である。 格要素と動詞からなる表現に様相が付加されたもの (No.1の「人目につきやすい」=人目に+つく+やすい)のうち, 末尾の形容詞が連体形のものは結合価パターン対辞書に収録したいタイプであるが, 同じタイプで連用形のものは表7と同様の問題があるほか, No.6の従属節を伴う表現やNo.7の複文表現などは現在のパターン対の枠組みでは記述できない。 これらへの対応については今後の検討課題である。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /動/名の/形/ | 15 | つけ入るすきのない(形,airtight), 住む人のない(形,desert) |
2 | /動/名が/形/ | 4 | 思いやりがない(形,unchristian), 活動する力がない(形,inert) |
3 | /動た/名の/形/ | 3 | 目立った特色のない(形,nondescript), 負けたことのない(形,unbeaten) |
4 | /動/名/形/ | 3 | しるの多い(形,juicy), 余すところなく(副,exhaustively) |
5 | /名を/動/名が/形/ | 2 | 度を失うことがない(形,equable), 風雨を避ける所がない(形,inhospitable) |
6 | /名を/動に/形/ | 2 | 名前を上げるにふさわしい(形,namable,nameable) |
7 | /名を/動て/形/ | 2 | くしを入れてない(形,unkempt), ニスを塗ってない(形,unvarnished) |
8 | /名と/動て/形/ | 2 | 長としてふさわしい(形,masterful), 長としてふさわしく(副,masterfully) |
9 | /名に/動れ形/ | 2 | 感情にうごかされやすい(形,sentimental) |
表11を概観すると,表4から表10までに述べた考え方を準用できる場合が多いと思われる。 例えば,項番1,2,5などは表6の助動詞「た(だ)」で終わるものと同様である。 しかし,個別には複雑な単語構成のものもあり,日本語表現としてはかなり不自然であるため, これらの扱いについても今後の検討課題である。
No. | 品詞列 | 度数 | 日本語訳の例(品詞,英単語) |
1 | /名に/動れた/ | 39 | あっけにとられた(形,agape), 月に照らされた(形,moonlit) |
2 | /名を/動ている/ | 31 | 愛着を持っている(形,attached), 職を持っている(自,sit) |
3 | /名で/動れた/ | 31 | ストライキで閉鎖された(形,strikebound), 象形文字で書かれた(形,hieroglyphic) |
4 | /名を/動ていない/ | 18 | 帽子をかぶっていない(形,hatless), 手入れをしていない(形,undressed) |
5 | /名を/動ように/ | 16 | 人目を欺くように(副,deceitfully), 絵を見るように(副,graphically) |
6 | /名を/動ような/ | 14 | かたずを飲むような(形,breathtaking), 眠りを誘うような(形,hypnotic) |
7 | /名に/動ている/ | 14 | 絶滅に瀕している(形,endangered), 一列になっている(自,range) |
8 | /動/名の/ | 14 | 異なる文化間の(形,intercultural), |
9 | /記動/名の/ | 12 | …するところの(代,which), …するところの(副,whereof) |
10 | /名を/動れた/ | 11 | 権利を奪われた(形,aggrieved), 歩調を仕込まれた(形,thoroughpaced) |
11 | /名を/動ずに/ | 11 | 手段を選ばずに(副,catch-as-catch-can), 目的を持たずに(副,purposelessly) |
12 | /名の/動ていない/ | 10 | 番号の付いていない(形,unnumbered) |
13 | /名に/動やすい/ | 10 | 手に入りやすい(形,accessible), 粉になりやすい(形,powdery) |
14 | /名に/動れる/ | 10 | 定期に刊行される(形,periodical), 臨時に雇われる(自,temp) |
英和辞書の日本語訳に対して,形態素解析を適用することにより,全体の傾向を概観した。 英単語に対応する日本語の表現が複数文節から構成される場合, 格要素と動詞を含んでいるものが相当多いことが分かった。 ルールベースの機械翻訳ではこのような組み合わせ訳となるものを充実させることにより, 訳文品質の向上を図ることができると考えられる。 これらは結合価パターン対として辞書に収録することが望まれる。 また,形態素解析を適用すれば,説明的な訳をある程度自動的に選別できる見込みである。
以前,日本語例文に対する英訳文を翻訳家に作成してもらったところ, 日英の文要素が対応しにくいものが数多くあることを報告した[池原96]。 例えば次のようなものである。
これらの文において無理をして文要素を対応づけると, 1では「の栓をあける」→“tap”,2では「の任につく」→“be assigned”のようになる。 いずれにおいても単語対単語の翻訳を基本に考えていたのでは適切な訳が得られない例である。
これらはいわば偶然見つかったものであり, このようなデータをどのようにして効率よく得るかが課題であった。 個別の例文を提示すれば翻訳家は適訳を与えてくれるが, 網羅的にルール化するのは不可能であった。 本稿の検討により,英和辞書から手がかりが得られることがわかった。 今後は,同義表現への展開も念頭に置きながら, 結合価パターン対辞書への登録を進める予定である。