| 1 はじめに | |
| 2 パターン対の収集結果 | |
| 3 語義数とパターン対の数の関係 | |
| 4 おわりに | |
| 参考文献 |
機械翻訳における意味解析には, 用言と名詞の意 味的な共起に着目した結合価パターン対の使用が有 効であることが知られている。パターン対の使用に 当たっては, 記述精度の問題と収集方法の問題があ る。記述精度の問題については, 日英機械翻訳の場 合, 格要素となる名詞の意味属性を約2,000種類以 上の分解精度で分類すれば, 慣用表現を除き, 日本 語の動詞を訳し分けられるようなパターン対が記述 できることが知られている[池原93]。
収集方法の問題に対して, 筆者らは, 人用の辞書 に記載されている情報や人の知識を内省して作成し た用例文に基づいて, 日英結合価パターン対の収集 を進めている。 その過程で, 和英辞書から抽出した パターン対だけでは現実の文書に含まれる用言の訳 し分けには不十分であること[白井94], それを補完 するにはIPAL動詞辞書[IPA87]のような精密な語義 分類に基づく用例文とその英訳文の利用が有効であ ること[白井95]を報告した。
本稿では, IPAL動詞辞書に記載されている日本語 の用例文(5,243文)とそれらの文の翻訳家による英 訳文とから抽出されたパターン対の数とその種類に ついて概観する。また, IPAL動詞辞書に記載された 語義数とパターン対の数の関係についても検討する。
IPAL動詞辞書[IPA87]には, 和語動詞861語(ひ らがな表記の異なり数, 漢字かな交じりにすると約 1,200語)の精密な語義や語義毎の用例文等が記載さ れている。この用例文(5,243文, 約7.5万字)に対 して, 日本語原文に忠実で, かつ, 英語としても十 分通用する英訳文(約4万語)を翻訳家に作成して もらった。その対訳データからアナリストがパター ン対を抽出したところ, 対象動詞に対する既存のパ ターン対2,603件に対して, 新規に1,532件が作成さ れ, 既存の約500件の修正情報が得られた。
作業過程では, 複数の対訳データが1つのパター ン対に集約可能な場合に注意した。 次の例からは, 別のパターン対を作ることもできるが, 共通に使え るパターン対を作ることにより汎用化をねらう。
| 日: | N1(主体)がN2(布, ガーゼ)をN3(*)に 当てる | |
| 英: | N1 put N2 on N3 |
また, 予想された範囲ではあるが, 次のような問 題もあり, 個別に対応を検討した。 �△量簑蠅聾�逃 す恐れがあるため, 特に注意を払った。
�‘�木文と英文で格要素の対応が取りづらい
| 対 | 処: | 日本語の格要素を英語側で分割使用する。 | |
| 日: | N1(人)がN2[N3(具体)の|N2(水)]を切る | ||
| 英: | N1 shake N2 off N3 |
| 対 | 処: | 保留(英語は使役構文を使用している)。 |
��英文の動調か汎用的に使えない可能性がある
| 対 | 処: | この文の訳としては何ら問題ないが, 単に風を当てる場合には使えないので, 一般的なhang を使ってパターン化する。 |
�１冓犬任篭腓箸靴凸�出された場合
| 対 | 処: | 保留するが, 他処理[松尾95]で救済予定。 |
語義数との関係を見るため, IPAL動詞辞書の見出し項目ごとにパターン対の数を集計した。 ただし, 動詞の漢字表記が他の見出し項目のものと重なっている場合は, 表面にはその識別が困難であることから, IPALの見出し項目を合併させた。 具体的には, 次の8つである。
| あげる2→1, うまる/うずまる(埋まる)2→1, うめる/うずめる(埋める)2→1, かわる2→1, さす3→1, する(五段活用のもの)2→1, はいる/いる(入る)2→1, ふく3→2 |
IPAL語義は日英翻訳のための分類ではないが, 多義語ほど細かく訳し分ける必要があるため, IPALの詳細な語義分類が参考になる可能性がある。 そこで, 語義数とパターン対数の関係について調べてみることにした。 図1に語義数と既存(IPAL用例からのパターン対抽出前)のパターン対数(2,603件)との関係, 図2にIPAL語義数とIPAL用例から新規に抽出されたパターン対数(1,532件)との関係, 図3に抽出後の合計パターン対数(4,135件)との関係を示す。 ただし, 語義数とパターン対数が同じ動詞は図中の同じ点を占めている。
|
|
|
|
図からわかるように, IPAL用例からパターン対を抽出した後では, 語義数とパターン対数の相関関係がかなり高くなっている。 これは, 語義対応に収録されている用例を用いたため, ある意味では当然といえるかもしれない。 しかし, IPAL用例からパターン対を抽出する前の段階から, 既に語義数とパターン対数の間には一定の相関関係が認められる。 従って, IPAL語義は日本語としての語義分類であり, 日英翻訳における訳し分けを意図しているわけではないが, 日英翻訳を考える上でも一定の手がかりを与えているといえる。
別の観点からの考察として, 動詞ごとのパターン対数またはIPAL語義数を多い順に配列した結果を図3に示す。 図から, パターン対数順とIPAL語義数順ともZipfの法則のような右下がりの関係が見られる。 この前提に立てば, 収集前パターン対数の傾きの変化が少ないのに比べ, IPAL語義数, 収集後パターン対数とも, 動詞数で見て1〜10の範囲の傾きが10〜100の範囲の傾きに比べ緩やかであり, パターン対の一層の拡充の必要性が予想される。
本稿では, 日英機械翻訳に有効な結合価パターン対を, IPAL動詞辞書に記載されている用例文とそれらの文に対する翻訳家による英訳文とから収集した。 その結果, IPALの語義分類は日本語の語義分類であって日英翻訳が目的ではないが, 5,243文から1,532件の新パターン対が得られ, 語義数とパターン対数には一定の相関関係があることなどがわかった。
動詞ごとのパターン対数の分布情況を見ると, 多義語のパターン対はかなり不足していると予想される。 これについては, 並行して作成している用例文[池原96]からパターン対を収集することにより, 不足分を補っていく予定である。