[ポジションペーパー]
| + | NTT情報通信網研究所知識処理研究部 |
| ++ | 新潟大学工学部情報工学科 |
| 1 はじめに | |
| 2 日本語の品詞体系 | |
| 3 文要素・単語・品詞の関係 | |
| 4 述語表現のなりたち | |
| 5 述語表現の構造体系 | |
| 6 おわりに | |
| <参考文献> |
日本語は,膠着言語に分類される言語であり, 小さな単位要素が次々と付着して表現を形成していくという基本的な特徴を持つ。 これらの単位要素が結合し,表現構造を形成していく過程には一定の手順がある。 言語過程説によれば,日本語の表現は, 客体的表現と主体的表現とが入れ子になった構造として 捉えることができる[1]。 本稿では,言語過程説による単語の分類について概観し, 日本語の述語における客休的表現と主体的表現の表れ方の構造について考察を行なう。
言語過程説に従えば,表現の元となる対象世界を構成する1つの事象は実体と属性と関係から成り, これを話者が認識し,話者の主観を加えた上で表現される。 三浦は,表現に用いられる単語を客体/主体の観点から詞と辞の2種類に分け, 詞に関する考察と辞に関するいくつかの指摘を行なっている[1]。
| 詞(客体的表現の語) | ‥‥‥ | 対象を写すための語で,概念化した対象を表す。 | |
| 辞(主体的表現の語) | ‥‥‥ | 話者の主観的である感情や意志を直接的に表す。 |
詞をさらに分類すると,1つの事象を表現する上で, 必須である語と,そうでない語の2種類がある。 必須である語は,表現の対象が実体か属性かにより「体言」と「用言」に分けられ, さらに用言は,それの表す属性が動的か静的かにより「動詞」と「形容詞」に分けられる。 必須でない語は,実体に属性を付加する語が「連体詞」, 属性に属性を付加する語が「副詞」に分類される。
辞については,三浦の指摘を踏まえて,対象に対する言舌者の判断を表す「助動詞」, 対象の捉え方を表す「助詞」,主観を強調する「陳述副詞」,事象間の関係認識を表す「接続詞」, 話者の感情等の直接的な描出である「感動詞」に分類した[2]。
全体の分類体系をまとめると図1のようになる。
┌───┐ ┌──┐ ┌────┐
┌─┤ 詞 ├─┬─事象表現─┬──┤体言├─┬─話者との関係─┤代 名 詞│
│ └───┘ │ に必須 │ └──┘ │ 関係を示す └────┘
│┌概念化の過┐│ │┌実体を概念┐│ ┌────┐
││程を経て対││ │└化する言葉┘└─話者と無関係─┤ 名 詞 │
││象を表す ││ │ └────┘
││=客体的表││ │ ┌──┐ ┌────┐
│└ 現の言葉┘│ └──┤用言├─┬─動的属性概念─┤ 動 詞 │
│ │ └──┘ │ └────┘
│ │ ┌属性を概念┐│ ┌────┐
│ │ └化する言葉┘└─静的属性概念─┤形 容 詞│
│ │ └────┘
│ │ ┌────┐
│ └─事象表現に──┬──実体に属性を付加する──┤連 体 詞│
│ 必須でない │ └────┘
│ │ ┌────┐
│ └──属性に属性を付加する──┤ 副 詞 │
│ └────┘
│ ┌───┐ ┌────┐
└─┤ 辞 ├─┬──対象世界に対する話者の判断────────┤助 動 詞│
└───┘ │ └────┘
┌概念化の過┐│ ┌────┐
│程を経ない│├──実体に対する話者の捉え方─────────┤ 助 詞 │
│表現 ││ └────┘
│=主体的表││ ┌────┐
└ 現の言葉┘├──話者の主観を強調する───────────┤陳述副詞│
│ └────┘
│ ┌────┐
├──話者による事象間の関孫認識────────┤接 続 詞│
│ └────┘
│ ┌────┐
└──話者の感情、意志のみの表現────────┤感 動 詞│
└────┘
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それでは,実際の文の中では品詞はどのような意味を持つのであろうか。
ここでは「本を読みはしない」という表現を例に取って考える。 話者は「本を読む」という事象を取り上げ,「は」で特殊性という主観を表した後, その動作に対して否定の判断を下している。 ここで,事象の特殊性を表すために,取り上げた事象全体の捉え直しも行なわれ, 実体化(体言化)が行なわれている。 すなわち,この表現は図2のような入れ子構造と見ることができる。 「読む」は二重線の世界の中では動詞として働いているが, その外の世界の構成要素で体言の一部分を構成していると考えられる。
このように,実際の表現の場面では, “ある品詞属性を持つ単語が組み合わさって文要素が構成される”というような 単純な図式では説明しきれないと思われる。 そこで,「品詞とは,本来,文の中で文要素の構成単位が持つ働きの分類であり, その構成単位として最も小さいものが単語である」と考えることにする。
┌───────────────────┐ │┏━━━━━━━━━━┓ │ │┃┌─┐ ┌──┐ ┃ ┌─┐ │ │┃│ ├─┐│ ├─╂─┐│ ├──┤ │┃│本│を││読み│φ┃は││し│ない│ │┃│ ├─┘│ ├─╂─┘│ ├──┤ │┃└─┘ └──┘ ┃ └─┘ │ │┃ ↑ ┃ │ │┃ 動的属性を表す┃←実体化 │ │┗━━━━━━━━━━┛ されている │ └───────────────────┘ |
次に述語の構造を考える。 「読みませんでした」と「読まなかったです」を例に取り構造を比較する。 ただし「読む」はその否定形「読まない」と比べ肯定と見ることができるので, このような肯定をφ判断辞で表現し, また否定の「なかっ(た)」を「ない+ある」と分けて考える。
この上で,三浦が指摘したの観念的世界の多重化[1]に 基づいて述語構造を考察すると図3のようになる。 すなわち,「読む」の後に, 肯定・否定・肯定・既定・肯定の順に話者の判断が重畳されている点では まったく同じ構造となっている。 ただし,陽に表現された語とφ判断辞の違いから, 丁寧さと断定の度合いに微妙な差が生じていると考えられる。 学校文法ではよく「です」と「た」の順序が問題とされているが, 上述のように判断の重畳を踏まえればこの順序自体にはなんら本質的な問題はない。
┌────────────────────┐ │┌─────────────┐ │ ││┌──────┐ │ │ │││┌──┐ │ │ │ ││││ ├──┼──┬──┼──┬──┤ ││││読み│ませ│ ん │でし│ た │ φ │ ├┼┼┼──┼──┼──┼──┼──┼──┤ ││││動詞│肯定│否定│肯定│既定│肯定│ ├┼┼┼──┼──┴──┼──┼──┼──┤ ││││読ま│ φ │な か っ │ た │です│ ││││ ├──┼──┴──┼──┴──┤ │││└──┘ │ │ │ ││└──────┘ │ │ │└─────────────┘ │ └────────────────────┘ |
述語表現の分析として, 糸井は「素材と素材」「素材と話し手」「話し手と聞き手」の関係を表す3段階に 分け[3], 佐伯は客観性から主観性への涜れとして認識→判断→感情の流れを 示している[4]。 これらの現象は前節のような考察からその根拠が説明できるだけでなく, さらに図4のように発展させることができる。
述語
├─叙述‥‥実体のあり方(客体的表現)
│ ├─行為:する,使役(−せる,−させる)
│ ├─現象:なる,−がる,受身など(−れる,−られる)
│ ├─存続:ある
│ ├─情態:形容詞,希望(−たい),様態(−そう)
│ └─事物:名詞,静詞,−さ,伝聞(そう),比況(よう)
├─述定‥‥話者の判断(主体的表現)
│ ├─肯定判断:φ(零判断辞),ます,だ,です,ある
│ ├─否定判断:ない,ぬ
│ ├─既定判断:た,て
│ └─不定判断:う,よう,らしい,まい
└─伝達‥‥話者の感情(主体的表現)
├─話者方向:強意(ぞ),驚きなど(わ)
├─相手方向:疑問(か),確認(さ),禁止(な),命令
└─方向不明:詠嘆(なあ)
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「叙述」は言語表現の対象を構成する実体のあり方を表現する部分で,客体的表現である。 この階層には動的なものから静的なものへの表現順序がある[4]。 ただし,このの分類は連続的に推移するものである。 言語過程説からみれば, 一般に助動詞とされる「せる・させる」と「れる・られる」は動的属性に関する接尾語, 「たい」は希望の内容を示す接尾語, 様態「そうだ」は接尾語+肯定のダ, 伝聞「そうだ」や比況「ようだ」は抽象名詞+肯定のダとなる。 また,準体助詞「の」は抽象化の度合いが最も大きい名詞と考えられる。
「述定」は話者の判断を表す部分で,主体的表現である。 この階層には「肯定+否定→既定→不定」の表現順序があるが, 前節でも指摘したように肯定は最も基本的な判断で, 否定や既定や不定の判断を付加して作った観念的世界に, さらに肯定判断を付加して表現することも行なわれる。
「伝達」は話者の感情や話者と相手の関係を表す部分で,主体的表現である。 動詞などの命令形と終助詞によって表される。 命令形は,まだ実現されていない事象の実現を, 話者が相手に要求している表現と考えることができる。 このため,叙述の客体的表現のうちの上位に属する動作と現象の一部(相互的なもの)以外には 原則として命令形はない。 ただし,ある種の状況への変化を相手に要求するという場合は有り得る。
「叙述」「述定」「伝達」は この順に上から下へ流れるのが語順としては基本的かつ最も自然であるが, 逆の語順を取る場合がある。 例えば,伝聞の「本を読んだそうだ」や,学校文法では助動詞とされる「たがる」である。 前者では「本を読んだ」のが,後者では「〜したい」と希望しているのが, それぞれ第3者であることを表している。 言語過程説からみれば,これは観念的世界の多重化そのものである。 すなわち,1つの表現が別の人の認識として取り出され, それが事象の一部として組み込まれた表現であると説明される。
言語過程説に基づき,日本語の品詞の体系と, 事象を構成する属性を表現する述語の構造について考察した。 今後は,述語の構造の考察を深めるとともに,事象を構成する残りの要素, 実体を表す補語と関係を表す接続語および, 事象の表現を詳細化する副用語についても考察を進める予定である。