風邪の日に
「で? 結局、風邪ひいちゃったんだ…」
「…返す言葉もございません…」
寒い冬の朝。俺がこの街に来てから、一年が過ぎようとしていた。
そんなある日、俺は風邪をひいて寝込んでいた。前日の晩の風呂あがり、名雪が顔を赤らめ、両手で目を隠して怒るのを尻目に、パンツ一丁の半裸状態でテレビをみていたのがよくなかったらしい。
「…38.4℃…」
「完璧に風邪だな、ははは…」
俺は軽く笑った。
ジトッ
そんな俺を、名雪は呆れたような目で見てきた。
実際呆れていたのだろう。
「あんなカッコでウロウロするからだよ…」
思い出してか、名雪の顔が赤くなった。
名雪にしては普通の反応で面白くない。
「なんだ、名雪? 俺の肢体に惚れたか?」
俺は意地悪に言った。
もちろん、素でいられる名雪ではない。
「な、何バカなこと言ってるの!?」
と、たたいてきた。
たとえ病床にあっても、よけられない俺ではない。
難なくかわして、時計を指して言った。
「ははは、名雪、時間はいいのか? 秋子さんと出かけるんだろ?」
「うう…、おみやげ、買ってこないからね!」
名雪は頬を膨らましながら出ていった。
さて、こうなるとあの親子のことだ、夜まで戻るまい。
ただ寝るのは退屈だ。
この退屈をまぎらわす何かを手に入れなくては…。
ついでに看病してくれると、なおよし。
となれば…。
俺は、名雪が持ってきた電話の子機を手に取った。
横のダイヤルを回して、名雪が登録したのであろう「美坂」を選んで、通話ボタンを押した。
プルルルル……
ガチャ
「はい、美坂です」
出たのは栞だった。
丁度いい。
俺は息を吸い込んだ。
「あの…、もしもし?」
「し、栞! 俺はもうダメだ! 死ぬ!」
「え!? 祐一さ……」
ガチャ
出来る限り苦しそうに電話した後、ストップウォッチをスタートさせた。
(何分でくるかな)
楽しみだ。
………。
……。
…。
バンッ!
「祐一さん!」
玄関から大きな音と声が響いてきた。
カチッ
(ふむ、23分ちょっとか。まあまあだな)
ドタドタドタドタ!
バン!
「祐一さん! 大丈夫ですか!?」
栞が飛び込んできた。
走ってきたのだろう。
息が荒く、咳き込んでいる。
「おお、栞、待ちわびたぞ」
「え?」
栞は狐につままれたようにキョトンとしている。
「ん、何やってんだ? 早くこいよ」
俺は立ち尽くす栞を手招きした。
栞はうつむき、肩をふるわせた。
そのまま俺の胸に飛び込んでくると、ポカポカとたたき出した。
もちろん、よけられない。
「いてっ、いててててっ。何するんだよ、栞! 俺は病人なんだぞ?」
「祐一さんのバカ!」
叫びながら、栞は顔を上げた。
目にはこんもりと涙を浮かべていた。
悪ふざけが過ぎたようだ。
「私、心配しました! とても心配しました! 冗談でも『死ぬ』なんて言わないでください! そんな事いう人、私、大ッ嫌いです!」
それだけ言うと、また泣きながら俺の胸をたたいた。
痛かった。
胸をたたかれるよりも、栞の言葉が痛かった。
「死」を見つめてきた栞の言葉が。
たまらず栞を抱き締めた。
「ごめん…」
一層強く、抱き締める。
「ごめんな、栞。俺が悪かった。だから、な? 俺を嫌いにならないでくれ…」
「祐一さん…」
栞は体を離して目元を拭うと、顔を上げて笑顔で言った。
「祐一さんを嫌いになるなんて、無理ですよ…」
そしてまた抱きついてくる。
とても小さく、か弱く、そして柔らかく、温かかった。
「あ、そうだ祐一さん! お見舞いにアイス買ってきたんです! 一緒に食べましょう!」
栞は持ってきた袋を持ち上げながら言った。
「おう! 熱にはやっぱり、アイスだよな!」
「はい!」
嬉しそうにうなずく栞を見て、俺も嬉しくなった。
栞は袋からアイスを一つ取り出し、フタをあけ、一緒に入っていた木のサジで一口すくうと、俺の口元に突き出した。
「はい、祐一さん。あ〜〜ん…」
「ちょ、ちょっと待て、栞! 一人で食べられる! それに恥ずかしいだろうが!」
俺が拒否すると、栞は頬を膨らませた。
「いいじゃないですか、私たちは恋人同士なんですよ? ですから、はい! あ〜〜ん……」
しょうがないな、と言いながら、内心嬉しく栞にアイスを食べさせてもらった。
「なあ、栞。今度は弁当を頼むな!」
栞の料理の腕は百も承知だ。
でも、食べたい。
何せ、恋人なのだから。
「…期待しててください…」
栞は困っていた。
そんな顔も可愛いと思った。
「なあ、栞」
「何ですか? 祐一さん」
「もっと大きくなれな?」
「う……、そのうち大きくなりますよ」
(終わり)
製作後期
・短時間製作シリーズ第一弾です。
まだまだ文章に粗が目立っていますね。
次回はもっと、読みやすい物にしますね。
私は名雪・佐祐理派ですが、栞も良いですね。
もう二三篇書くつもりです。
期待しないで、待ってやってください…^^
管理人より
・SS誠に有難うございました!!
しかも僕の大好きな栞のお話で温かみが伝わってくる話でした。
でも祐一は風邪を引いても極悪人だよー。
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