第一話 少女の苦悩<Yuichi's side>






 朝。微かに聞こえる小鳥の鳴き声と目覚ましの音と共に、俺は目を覚ました。
 寒さに身震いしながらカーテンを開けると、日光が雪に反射して眩しかった。晴天だ。それがこの日、最初に思ったことだった。

「今日、何日だったか……」

 そんなことをふと思い、カレンダーを見る。そこには『2月14日』と書かれていた。

「そっか、今日はバレンタインか……。すっかり忘れてたな」

 そう呟きながら俺は制服に着替え、部屋を出る。そして名雪を起こすために部屋をノックする。これは日課のようになっていた。

「おーい、名雪。朝だぞー」

 大きな声でそう叫んだが、反応はない。

「起きろ〜! 朝だぞ〜!! な・ゆ・き〜〜!!!」

 更に大きな声で叫んでみたが、一向に起きる気配はない。こうなったら起こすのは至難の業だ。
 名雪を起こすのを諦めた俺は、続いて主のいなくなった『とある』部屋を見る。

「無駄だと思うけどな……」

 そう思いながらも、俺はその部屋のドアを開ける。勿論、そこには誰もいない。

「…ったく、どこに行ったんだか」

 そんなことを呟いて少し舌打ちした後、1人で階段を降りる。リビングには既に3人分の朝食が用意されていた。

「お早うございます、祐一さん」
「お早うございます、秋子さん」

 秋子さんと互いに挨拶を交わし、椅子に座る。そして用意された朝食を食べ始める。

「名雪はまだ寝てますか?」

 秋子さんが不意にそう尋ねて来たので俺は少し驚いたが、すぐに答えた。

「ええ。今日はいつも以上に手強いですね」

 コーヒーを飲みながらそう言ったら、秋子さんは微笑みながら俺にこう言った。

「昨日、夜遅くまで起きてたみたいですから。祐一さん、先に行って構いませんよ。名雪は私が起こしますから」
「何やってたんですか?」

 俺の質問に、秋子さんはただ「うふふ」と微笑むだけだった。









 朝食を食べ終えた後、俺は部屋に鞄を取りに行く。
 そして秋子さんに「名雪、お願いします」とだけ言って水瀬家を出た。
 相変わらず寒い。俺がこの寒さに慣れることが出来るのはいつなんだろう…。
 手袋をはめた手を更にポケットに入れて、俺は歩き出した。

「バレンタインデー、か……」

 そう呟きながら通学路を少し早足で歩く。先に歩いてると思われる舞と佐祐理さんに追いつくためだ。

「今日に限って欠席、なんてことはないよなあ」

 そんなことをふと思う。男ならこの日が気になるのは仕方のないことだ。
 舞はああいう性格だからちょっと自信がないが、佐祐理さんは恐らくチョコレートをくれるだろう。何となく、そんな気がした。

「流石に義理だろうけどな」

 しかし俺はそこで思った。もし義理ではなかったら?
 佐祐理さんが俺をそんな目で見てるとは到底思えないが、何故かそんなことが頭をよぎった。

「何考えてるんだか、俺は。自意識過剰にも程がある」

 そう呟いたが、佐祐理さんが俺に好意を抱いていることには間違いない。それが友達程度のレベルと言えども。
 こうなってくると他の女の子の顔まで頭に浮かんできた。名雪、栞、あゆ…。
 舞と佐祐理さんも含め、彼女達の中から誰か1人を選べと言われたら……俺は選ぶことが出来るのだろうか。

「ま、決める必要ないか。そんなことあるわけがないしな」

 そんなことを呟いた後、俺は駆け出した。時計を見て、少しヤバイと感じたからだ。
 それだけじゃない。さっきまでの自分の愚かで馬鹿馬鹿しい悩みを忘れ去りたかったからだ。


「それにしても……」

 今日は3年生が多い、そう思った。
 周りを見回してみると、この時期は普段ならあまり見掛けない3年生が、今日は大勢いたからだ。これはもしかしたら2人を探すのに少し苦労するかもしれない。
 そう思った直後、目の前に見覚えのある後ろ姿が2つ並んで歩いていた。
 間違いない、舞と佐祐理さんだ。どうやら佐祐理さん何かを舞に渡している、そんな感じだった。
 女性が女性にチョコを渡すのは決して珍しくない。それにあの2人ならお互いに渡しても不自然じゃない。
 そして数分後、佐祐理さんの頭を舞がちょっぷし始めたので、今だと思った俺は2人に駆け寄る。
 真後ろまで追いついた時、丁度こんな会話が聞こえた。


「…祐一は、関係ない」

「あはは〜、そういうことにしておきますね〜」

「何が関係ないんだ?」

 俺はそう声を掛けた。そして2人は振り向き、俺を見ると頭を下げて挨拶をしてきた。

「おはようございます、祐一さん」
「おはよう、佐祐理さん。…舞は挨拶なしなのか?」

 少し意地悪っぽくそう言ってみると、舞は静かに挨拶をした。

「…おはよう」
「うむ、いい挨拶だな。おはよう、舞」

 勿論、佐祐理さんのように頭を下げることはなかったが。
 そしてそのまま他愛ない話を3人でしながら学校に向かった。
 俺はこの時、今日がバレンタインデーだと言うことに触れなかった。
 そして佐祐理さんがたまに見せていた憂鬱そうな表情が、気になって仕方がなかった。
 続く…

                                   <Mai's side>へ続く

あとがき


 ごきげんよう。名古屋市にソフマップが出来たことが妙に嬉しくなった要です。
 とりあえずまずはSSの説明を。少しですがネタバレありますのでご注意を。

 予告とは違い、『第一話 少女の苦悩<Yuichi's side>』になりました。舞の視点から書くよりも、新鮮になるんじゃないかなと思ったからです。
 というわけなので第二話以降も『佐祐理さん→祐一→舞』の順番で書いていくことにしました。これは決定事項です。(多分)
 今回は時間はあまりかかりませんでした。根っこの部分は既に『第一話 少女の苦悩<Sayuri's side>』で完成しているわけですから。
 難しいと思ったのは、水瀬家での風景でしょうか。ここで既に物語内での名雪や真琴の位置関係みたいなものが少しだけ分かります。
 それぞれの位置関係からするとこれが自然かな、と思った結果です。異論反論はあるでしょうけど…。(滝汗)
 名雪はアニメ版でも祐一に好意を抱いていたし、長編SSなので舞と佐祐理さんだけをメインに書いていくのは少し厳しいと思ったからです。
 真琴は下手に登場させると非常に不自然になると思ったからです。
 よって真琴は登場しません。今、ここに宣言します。(謎)
 あとは祐一のお馬鹿な妄想。
 これは流石にどうかと思いましたが、まあ面白いなと思ったのでw
 そして物語で少しだけ書いてありますが、あゆと栞はいますし、当然ながら祐一とも面識があります。そのうちに登場もするでしょう。
 名雪、栞、あゆ。この3人をメインとした話は書くつもりでいます。勿論、舞や佐祐理さんとも絡ませながら。
 でも原作では栞と舞は決して絡まないんですよね。その辺りが少し難しくなりそうなんですが…頑張ります。
 次回作は100%『第一話 少女の苦悩<Mai's side>』です。いつになるかは分かりませんが、近いうちに投稿します。


 さて、恒例の近況です。
 ぶっちゃけ、何もありませんw
 『ふたりはプリキュア』にハマってしまったことぐらいでしょうか。テッサ(フルメタルパニック)でもそうでしたが、ゆかなボイスにノックアウトです。(笑)
 ああ、そうだ。あと今更になってキュルルンし始めました。あの唄、最高ですw

 最後に。今回もこんな作品を最後まで読んでくださって有難う御座います。
 これから先、どんな話になるのかはまったく分かりませんが、どうか暖かい目で見守ってください。

2004.3.29 みずいろ(みずいろOP)を聴きながら



                  
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