前編
俺はあゆと、デートの約束をした。
あゆがあまりにもしつこく、映画に誘ってくるので仕方なくOKしたわけなのだが……
遅い!!(怒
約束の時間からすでに30分も経過している。
あゆがこんなに遅れることはないんだが…(それでも5分は必ず遅れてくるが……
いつもならとっくに『うぐぅ……遅刻だよ〜』とかいいながら現れているのだが。
俺はそんなことを考えながらあゆを待った。
そんなとき、俺はすぐそばで話しこんでいる人達の会話を耳にした。
「おい、あっちですごかったぜ!」
そういって男が方向を指差す。
「はぁ?なにがだよ」
「女の子が車にひかれてさ、道路とかすごい血まみれで…あれは助からないかもなぁ」
「まぢかよ!?お前現場見たの!?」
「ああ、すごかったぜ。道路の真ん中にネコがいてさ、それを助けに羽のリュック背負った女の子が飛び込んだんだよ。そしたら、車にはねられちまってさぁ、ネコは女の子の腕に抱かれてたから平気だったみたいだけど、女の子の方は……」
俺はその会話を聞いて、背筋が凍りついた…。
会話の途中に指差されていた方向に走る。
いやな予感がした…羽の生えたリュック、そんなリュック背負ってるのはあいつしかいない。
俺は現場の悲惨な光景を目の当たりにした……。
軽トラックは、ボンネットがベコベコにへこみ血がべっとりつき、ガラスはひび割れ、座席のドアに至っては原型を保ってはいなかった。どんな衝突の仕方をしたらこうなるんだ…。
まるで白い画用紙の前面に、ただ赤い絵の具を塗ったような道路……。
そして、その道路の真ん中で倒れている血まみれになった女の子、そのそばでネコが鳴いている。
自分を助けてくれた者を心配するかのように……。
そして、道路の真ん中に倒れている女の子は………間違いなくあゆだった……。
「あゆ!!!」
俺はその場に駆け寄ろうとした。
しかし、すぐに救急隊員に抑えられる。
「こら、これ以上近寄っていかん!」
「うるさい、どけ!!あいつは俺の知り合いなんだ!!」
救急隊員の腕を振り解き、あゆのそばに駆け寄る。
それは一目で絶望的な状況とわかる光景だった。
オレンジ色のコートが、まるで最初から赤かったかのように、全身血で染まり、羽も白い箇所が見えないくらいに赤く染まっていた…………。
俺はその場にひざをついた。声が出ない…あゆに声をかけてあげたいのに、俺の口から声が出ることはない……。
「君!救急車に乗って病院まで来てくれるか!?」
ふいに救急隊員が俺に話しかける。
「…………はい」
俺はやっとの思いで、返事をした。
病院に着き、すぐに緊急手術が行われることに決まった。
手術室の前のランプが赤く光る………。
俺はさきほど道路にいたネコを抱いていた。
あゆが必死の思いで助けたネコ………。
そのネコを見つめていて気がついた…ぴろだ…。
俺が居候している水瀬家で飼われているネコ、それがぴろだった。
ぴろは状況をわかっているのか、手術室から目を離さない。
まるで、そこにあゆがいて、とても危険な状態なのをわかっているかのように……。
何時間が経過した……?
たぶん…2時間ぐらいだろう……しかし、手術室の赤いランプはいまだ消えない…。
今も看護婦が忙しく出入りをしている…。
背中の方から歩く音…。
俺が振り返ると、そこには秋子さんと名雪の姿があった。
「……あゆちゃんの様子は?」
心配そうに聞いてくる秋子さんに俺は、首を横に振った。
できるなら、縦に振りたかった。
もう心配ない、あいつはもう元気なんだといいたかった……。
昨日までは、うるさいくらいに元気だったあゆ、こんなことになるならもっと早くに映画にいけば…。
後悔することは数え切れないくらいにあった。
だが、今するべきことは後悔じゃない、あゆが無事なのを祈ることだ。いや、祈ってやることしか出来ないのだ……。
俺は自分の無力さに嫌気がさした、あゆが懸命に「死」と戦っているときに俺には祈ることしかできない……。
あのときみたいに、奇跡は起きるのだろうか…。
また、元気になって戻ってきてくれるのだろうか…。
さらに1時間が経過した、俺たち三人は一言も発することはなかった。
今の状況がそれを許さなかった、ぴろでさえも一回も鳴くことはなかった。
手術室の赤いランプが消えた……手術が終わったのか…?
あゆの容態が気になる、無事なのか、それとも………。
続く
後編へ続く
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