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バックパックで回るイギリス&エディンバラ3〜Liverpool part1〜



☆リバプールまでの道のり

再びイギリスへ行こうと、英国が誇るIntercity125に乗り込むことにする。
エディンバラからリバプールへの車窓の旅は、通りすぎる湖水地方の景色を眺めながらのんびりできる。
牧草を食べる羊たちのユーモラスな黒い顔が、なんとなくこちらを向いて驚いているような気がする。
緑色の絨毯のように見える牧草地帯は、冬がもたらす冷たい雨によってうっすらと霧がかかり、
見つめていると、ヨーロッパの不思議なおとぎ話を思い出す。
Carlisle(カーライル)やOxenholme(オクスンホルム)などと大きく描かれた
少々風変わりな名を持つ停車駅を幾つか見た後、目的地に着くまでの数時間は
こんな風に景色に見とれたり、雑誌を読んだりと静かに過ごしていた。
同じ車両にいるティーンエイジャー達が通路でふざけていた(後で注意されていた)事や、
犬が最寄りの場所へ マーキング(片足上げて電柱にする行為で、当然違法である)
していたことを除けば、 文句のつけようの無い鉄道旅行であった。


☆リバプールに泊まる

最初に駅に辿りつくと、思わずがく然とした。
街の汚れが目立って、それまで行ったどの街よりも平凡な第一印象だったからである。
しかしながら、現在この街の名前を聞くと、なんとも切なくなるほどこの街を大事に思うように
なってしまった。

駅からそれほど遠くないはずの宿まで辿り着くのにどういう訳だか迷ってしまった私は、
道を歩いていた年配の女性に道を尋ねた。
彼女は「まあ〜ダーリン、道に迷ってしまったのね。Mount Pleassant 通りならこっちよ、一緒に行きましょう♪」
とほがらかに言うと、なぜか私の肩を抱きながら(迷子だと思ったのかもしれない)B&Bまでの道を案内してくれた。
彼女のお陰でホテルはすぐに分かった。本当に親切な人であった。
Belvedere Hotelは、クリスマスの近いこの時期も予約の取れた数少ない宿の一つで、ドアのブザーを押すと年配の男性が
出てきた。後から聞いた話によると、彼はその昔船乗りだったそうで、スコットランド出身なのだそうだ。
船乗りをしていた頃から、奥さんが宿のきりもりをしていたというから、なかなか年期の入った宿である。
案内してくれた部屋は、なんと5つもベットのある大部屋であった。少々寒かったが、洗濯物もたくさん干せ、快適であった。
朝食も私としては大満足であった。赤や黄色のチェックの柄の皿に盛りつけたソーセージと卵たちは、
まるでレコード・ジャケットのように、絵になる可愛さであった。
リバプールは、ビートルズの生まれた街ということもあって、日本人観光客も多い。そのせいか宿の奥さんも
「アリガトウ」だけは言えようになったのよと笑っていた。


☆風の街を歩く
Mathew St.

マシュー・ストリートにはビートルズが出演したライブハウス「Cavern Club」がある。再オープンしたと聞いて行ってみたが、
外から中を覗いてみると、現代的なカフェ・バー風になっていた。 変わったという事は聞いていたし、
頭ではわかっていたが、やはり少々がっかりして仕方なく看板と外壁だけを 写真に収めることにした。
Cavern Walksでは買い物が出来るが、私はただビートルズの像だけを写真に撮り、
何事もなかったかの様な顔をして そこを立ち去った。
しょうがない、買い物でもしようと町の中心に出る事にする。

たまたまやっていた日曜日のマーケットで、暖かそうな茶色の帽子を試しにかぶっていると
見知らぬ女性が私の背中を叩いて「似合ってるわよ!」と声をかけてきた。
ついでにオフホワイトのセーターを一枚買う。寒さをしのぐものが欲しかったからだ。
マーケットの中心で爆発音がしたので、驚いて振りかえると、
道端で焼いていた豚の丸焼き(文字通りまるまる1頭が棒に吊るされて、下から火であぶられていた)
の油がはじけた音だと判明。
皆、一斉に胸をなでおろす。

セール期間中のデパートで、ウールの裏地がついたトレンチ・コートと金色のワンピースを特価で買う。
日本では見たことの無いLuxのオーデコロンを、新発売お試し価格で買う。
(このコロンは大のお気に入りだったのだが、日本で売っているところを見た事がない)
通りを歩いていると、良い匂いがする。スタンドでおいしそうなバーガーを買い、むしゃむしゃ頬張っていると、近くにいた犬が
僕にも下さいと言わんばかりに飛びついてきた。犬のご主人が眉をハの字にまげてどうかそれをやらないでと懇願するので、
手を振ってお別れすることにした。
いつになく暖かく、賑やかな日曜の午後であった。

Marseyside Maritime Museum

風に逆らって歩くというのは、どうも辛い気持ちになる。
リバプール港から吹き寄せる強風でなかなか前に進めない。
おまけに雨まで降ってきた。 大体、冬にここまで徒歩で来る者はいない。
Maritime Museum(海洋博物館)内には、あらゆる種類の帆船模型が展示されていて、
船好きな私はひとつひとつ見て行った。
その時代ごとに実在したありとあらゆる船の模型である。
私は船が好きだ。そこに浪漫を感じるからである。
船酔いがひどいとか、そういった現実はこの際関係無い。
(ターナーの絵に感動しても、そこに描かれている難破しかけた帆船に是非乗りたいと思う人はいないだろう。)
R.Jウォラー(『マディソン郡の橋』の著者」)の言う様に、現実には役に立ちそうにないものにこそ浪漫は存在するのだと思う。
見晴らしの良い渡り廊下の一角に、大きな丸太を彫刻する人がいた。
「この木は?」「オークだよ。」素人の私の質問に丁寧に答えてくれたその人は、
この木の質感がとても好きだと言う。
ここの博物館はとても綺麗だから、とても気に入っているんだと自分の仕事に満足そうであった。
満足のいく仕事をしている人を見るのはやはり気持ちが良い。

博物館の敷地内に、テート・ギャラリーがあるのだが、残念ながら工事中であった。
(確かその間に、日本ではテート・ギャラリー作品展を大々的にやっていた様だ。)
しかたなく周辺をうろうろしていた。館の外へ出ると、湾内の景色が入り、寒いがなかなか心地よい。
ギフトショップでここの港に夕陽が沈む風景写真を一枚購入した。


The Beatles Story

Mathew St.で見つからなかったものを見たいと、ややミーハーながらもやはりすかさず入館した。
入るや否や、辺りはビートルズ一色である。彼等の音楽が次から次へと流れている。
こんなに賑やかなBGMがかかるとは、展示館としてはなかなか珍しい。
60年代初め、ビートルズも最初はR&Bのカバーを演っていた。ライブが終わり、
バンド仲間が一パイントのビールを求めてやってきたパブの賑やかな風景など、当時の様子が
効果音(グラスで乾杯する音や、わいわい喋る声など)とイラストで描かれている。
若い頃の彼等は、私も散々写真集などで見ていたが、ここではそれだけではなく、
当時のファッションや、リバプールの景色も見る事が出来る。騒がしいファンの声まで再現されている。
勿論、当時のビデオもかかっていて、
私の前で見ていた年配の女性は「あらあ、これポールよ♪」と鼻歌を歌いながらご機嫌そうであった。
昔は彼に夢中だったに違いない。

私がとても気に入ったのは、「イマジン」のビデオ・クリップそのままに設置された
ジョンの「白の部屋」である。
室内が全て白でまとめられているあの部屋だ。
そよ風が吹いているかのように、白いカーテンはいつも揺れている。
ここにジョンとヨーコがいることを想像してごらん、という意味があるのだろう。
勿論、そよ風は後ろから扇風機で起し、ジョンとヨーコの姿は見えないのだが...
あとは私たちの気持ちに全て、任せられている。
「Beatles Story」の名の入ったキーホルダーを買った。
旅の道連れである大事なバッグにつけることにする。

Strawberry Fields, Penny Lane, John's house

バスツアーや、ウォーキングツアーなど、ビートルズ関連の日帰りツアーは多数あるのだが、
私には時間が無かった。そこでちょっとした贅沢をしてしまった。
タクシーでストロベリーフィールズやジョンが少年時代を過ごした家を見て回ったのである。
「耳がちょっと遠いから、大きい声で喋ってくれんか。」と言っていたタクシーのおじさんに、色々と話し掛けてしまったが、
話をするにつれ、私が熱狂的なファンでは無く、ふらっとこの街にやってきたタダの人だということが分かって面白かったようだ。
「ここがジョンの家さ。車止めようか?」「いいわ、ここから撮っちゃう。」と私はいいかげんな角度で、車内からカメラを向けた。
ジョンの育った家は、小ぶりな可愛い家で、白い猫が家の前を歩いていたのが印象的だった。
猫はその家になついている様だった。

「ビートルズのファンが大勢この街に来るんでしょう?」と訊くと、「ああ、彼等はクレージーさ。」
などと答えながらも、おじさんは私のカメラを片手に、Penny Laneと書かれた壁や
街にある「Sgt. Peppers Bistro(サージェント・ペッパーズ・ビストロ)」と看板を掲げたレストランの前で
私を撮影してくれた。ロンリーなクラブバンドに敬意を表して、
敬礼のポーズで写る事にする。
写真を撮っているおじさんに、知り合いらしき人が話し掛けている。のどかな午後の昼下がり。
この通りを眺める者は、なぜか次第に愛着が沸き、 そしてビートルズの名曲「Penny Lane」が頭の中をよぎることだろう。
「ペニーレーンは僕の耳と目に焼きついてる、とびきりの青空が見える街・・・」

いちご色に赤く染まるStrawberry Fieldsの門やコンクリートの塀には、色々な名前が書き込まれていた。
日本人の名前もちらほら見かけた。ここを一目見たいと一体何人のファンが来たことだろう。
ストロベリー・フィールズとはつまり、子供達が遊ぶ場所だったらしい。門から民家が見えた。
「ここはもう人が住んでいるんだよ」とタクシーのおじさんは言った。門からは入れないと諦めていたところ、
おじさんが別の入り口に誘ってくれた。私達はしばしストロベリーフィールズの中を散策することにした。
「日本に帰ったら何をするんだい?」とそのおじさんは私に尋ねた。
「仕事かなあ。」と私は答えた。この時点で私を待つ仕事は無かったのだが、どちらにせよ仕事することに
なるのだろうと思いながら。
「ああ、仕事か〜そりゃ残念だな〜。」と言いながらおじさんは笑っていた。
辺りのしんとする中、私達は枯葉のさくさく鳴る音に耳を傾けながら、ただゆっくりと歩いていた。
「僕をあそこへ連れて行って、何もかもがリアルでない場所、ストロベリー・フィールズへ...」という一節の通り、
日本にある神社の様な、聖なる雰囲気が漂う不思議な場所であった。


タクシーのおじさんは親切に、Metropolitan Cathedral(メトロポリタン美術館)や
Liverpool Cathedral(リバプール大聖堂)の周りを回ってくれた。
「メトロポリタンの方は、あんまり綺麗じゃない。」とおじさんはモダン・アートの外観には辛辣な批評を下していた。
「ずっとリバプールに住んでいるの?」「ああそうだよ。」
リバプール大聖堂などのクラシカルな美しさを誇りに思っている様だった。「もっと色々、美しいものはあったんだが...
壊れてしまったんだよ、戦争で。」
と、言いながらはっとした様に私の顔を見た。戦争という現実を、この子は知っているのだろうか、そんな顔だった。

その悲劇から長い時が経ち、多くの人がイギリスを訪れる。
「許そう。けれども、忘れない」と言ったイギリス人は未だにはっきりとその時の記憶が残っているに違いない
と、思った一瞬だった。私はなにも言えずにただ曖昧な笑みを浮かべようとした。

そうこうするうち、私が是非訪れたいと思っていた美術館の前まで来た。
「ここで降りるんだったね。」
「うん。本当にどうもありがとう。チップって幾らぐらいでいいの?私全然知らなくて。」
「これで十分さ。楽しい旅をね。」

長い時間付き合ってくれたタクシーのおじさんにお礼を言って降り、さよならの挨拶とばかりに手を振ると、
車内から微笑んでいるおじさんが、手を振っているのが見えた。 まるで何かを振りきるかのように浮かべている微笑み。
ささやかなチップだったが、おいしいお茶を飲んでくれたらと思う。

Walker Art Gallery

ルネサンス初期からモダン・アートまで展示されているこの美術館では、小学生達が
引率の先生を手こずらせながらも、絵に群がっていた。
入るなり、どこかの貴族のお屋敷に招待されたかと思うほどの広さにまずは驚く。
色彩の美しい大きな絵や年代物の家具や調度品などが目に付く。
ギリシャ神話や実在の貴族をモチーフとした作品が多く、特にロココ調からビクトリア調にかけての
絵はそれまでの既成概念を吹き飛ばすほどの美しさであった。
日本では見た事の無い物ばかりだったので、興奮した私はすぐさま画集を買ってしまった。
画集に載っている絵に対しても1つずつ簡単なコメントがあり、ユーモアかつ丁寧で分かりやすい。







(C)Hazuki. 2002

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