小さな哲学~雑想の世界
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 哲学エッセイ

 筆者について
人間が好きになりきれなくて

メールをもらった。今日はが、やってくる予定。

 こんにちは!

 久しぶり。あれ?ちゃんは?

 電話かけても
ちゃん、出ません。

 まだ寝ているのかもね。ところで、週末はどうしてたの? どこか遊びに行った?

新潟へ行って、働いてた。

中越地震の後の? ボランティアとして?


たくさんの学生が集まっていたよ。あっ、ちゃんが来た。

‥‥

顔色が悪いね。ちゃん、気分でも悪いの?

起きられなくて‥‥

寝つけなかったの?

気になることがあって‥‥

うん‥‥

センセイの学校のパンフには「人間が大好きです。」というのがあったね?

そうだったね。 哲学科の学生はみんな人間が大好きなの?

ええっ?

人間が好きにはなれなくて。それで‥‥

哲学をする資格がないかも、って思ったんだね? 思わせぶりなコトバには困ったものだ。でも、ボクはあのコトバ、キャッチフレーズとしてはナカナカのものだと思ってる。

ボクはあれが好きだけど。

やっぱり、哲学科の学生はみんな人間が大好きなの?

そうだねぇ。キャッチフレーズは人の心を捕まえようとするコトバなんだ。だから、それを見て、「その通り!」と思っても、「そうは思わないよ、ゼンゼン!」って思っても、もうそれだけで、その人の心を捕まえているんだよ。

ボクらはキャッチされっちゃった、ってわけ?

そういうこと。

それで‥‥

人間が大好きです!、だったね。ボクは学生がみんなに人間が好きかどうか聞いたわけではないし、わからない。でも、そんなカンタンに大好きになれるのかな?と思うことはあるよ。ところで、キミたち、人間ってなにか説明できる?

コトバをしゃべって、二本足で歩いて、思いやりがあって‥‥

 コトバならオウムもしゃべるし、ニワトリは二本足で歩く。キミには、たぶんボク以上の思いやりがある。

そうか。だったら、足だけじゃなくて手もあるし、人のカタチをしている。

同じことだよ。チンパンジーは足と手を使い分けるし、いわゆる人のカタチをしている。逆にいえば、手と足のない人間だっているし、人間といわれている人すべてに思いやりがあるかどうはわからない。

そういわれても‥‥

人間がなにか、前からよくわからない。

そうなんだ。ボクもよくわからない。

だから‥‥

うん。ところで、くん、「ワラゲッチャー」は好きかい?

??

「ワラゲッチャー」だよ! ホキノワラウ島にいる。すごくカワイイやつ。

困ったな。ワラゲッチャーどころか、ホキノワラウ島もわからないのに、好きともキライともいえないよ。

ゴメン、ゴメン。ワラゲッチャーもホキノワラウ島も、いまボクが考えたデタラメだよ。そうだよね。ふつう、知りもしないものを好きになることもキライになることもできない。

ちょっと話がずれるようだけど、ボクにはいつも困ったなぁって思う学生のタイプがあるんだ。ボクの学校では2年生になった時点で学生が3つのコース(勉強したいと思う範囲のことだね)からひとつを選ぶわけ。それでボクのいるコースにも毎年、なん人かの学生が来るんだけど、そのときに、どうしてこの分野を選んだのか、ちょこちょこっと書いてもらうわけ。そこに「センセイ(ボクのことだよ)が好きだから」と書く2年生なんだ。

学生に好かれたくないの?

ボクだって好かれるのはうれしい。でも、どういうわけか、こういうタイプの学生は、きまって3年生か4年生になったころにはボクのことも、ボクの授業もすっかりキライになってるんだ。そうなってしまうと、いろいろな意味でセンセイとしての指導がしにくくなるんだよ。

すぐ好きになる人はすぐキライになる人でもある、ってことだね。でも、どうしてそんことになっちゃうんだろう?

たぶん、モンダイの多くはボクにある。でも、どうもそれだけじゃない気がする。これはボクの推測だけど、こういう人は、何かひとつの側面を見たら、それがそのままそのものすべてだと思う人じゃないのかな?

ちょっとわかりにくい。

例えばここに鉛筆があるだろう。これは、見る角度によっては八角形にも見えるし、長方形にも見える。削ってあるところは円錐形に見えるかもしれないね‥‥

八角形でも長方形でも円錐形でもあることによって‥‥でも、これって見た目だけだよね、ひょっとするとさわり心地とかそんなのもぜ~んぶひっくるめて初めてこの鉛筆だ、ということかな?

匂いもするよ。

そうだね。こんな単純な鉛筆でもいろいろな側面があるんだから、人間なんて信じられないくらいのたくさんの側面をもっていることになるね。そんな複雑なもの、そう簡単に大好きになることも、大キライになることもできないんだよ。

特にセンセイには、わざと正体を見せないようにして、学生を煙に巻いて遊んでいるフシがあるしね!?

ゲロロッ、スルドイ。読まれていたのか? ひょっとすると、それがキラわれる理由なのかな? まあいい。今はハンセイはやめておこう。

ともかく、ボクのことが好きでボクの分野を選んだという学生は、ボクのほんのわずかな面を見ただけで、ボクを全体としてすっかり好きだとカンチガイしちゃった人なのかもしれない。こういう人は、次にボクの違う面を見てしまったら、すっかりボクのことをキライになりかねない。

ようするに、センセイは自分のことをキライにならないで、っていいたいわけ?

そうじゃないんだ。ボクがいいたいのは、よく見もしないですぐに大好きになっちゃうような人は哲学にはあまり向いてないかもしれない、ということなんだ。

あのう、逆に人間がキライだという学生はいないの?

いるよ。どうして哲学科を選んだのですか、と聞いたときに「人間がキライで、信じられないから」と書く1年生。

そういう人は哲学に向いてないんでしょ?

いや。むしろそういう人は、こちらがなにもいわなくても、自分のペースで勉強を進めてゆく。挫折をくりかえしながらも、人間についてとことん考えてゆこうとする人も多い。なかには、ついに研究者になってしまう人までいる。

人間がキライなのに?

本当にすっかり人間がキライだったら、大学に、しかもわざわざ哲学科に来るだろうか?

本当はすっかりキライ、ってわけじゃないんだ!

うん、ボクもそう思う。そういう人は、きっと人間のある面にゲンメツしてしまったんだろうけど、同時に人間にはほかの面があることにもうすうす気づいている。だから、いちおうは人間が大キライだといっていても、人間が好きになれるかもしれないという考え方も一方にあって、キライになりきれない自分、好きになりきれない自分にイライラしているのさ。

イライラしてるの?

うん。好きになれなれない自分と好きになろうとする自分のカットウといってもいいかな。これを「コンプレックス」という人もある。ボクはこういうカットウのある人が個人的には好きだし、こういう人には哲学のセンスがあると思っている。

あぁ、前にセンセイがいっていた、いろいろな角度、側面からジュウナンにものを見ることができる、ということだね。センセイは、「人間が大好きです!」にしっくりこないちゃんこそ、哲学科にぴったりな人だっていいたいんだねっ!

その通り!!

だったら、人間大好き!のボクはどうなるの?

ゲロッ。  


やっと第2章を書くことができました。書き始めれば短時間で書けるのですが、書き始めようとするには、なぜか、エネルギーが必要なようです。多分、こういうのを書くのが照れくさいと思っているからなのでしょう。あと、少し殺風景だとも思っているので、イラストを貼り付けたりするかもしれません。それより、早く次の章を書いた方がいいのかな? 今のところ、この部屋は全4章で完成の予定なのですが、いつ書き終わるか想像もつきません。

第3章は、やはりオープンキャンパスでしばしば学生諸君とのあいだで繰り広げられる対話を再現します。第4章は、「みんな遅かれ早かれ死ぬのに、なぜ苦労して生きなければならないの?」といった問いに関する対話をしてみたいと思っています。いつも学生諸君から問いかけられては、うまく答えることができず、悔しい思いをしている問いですので。すべからずこういう作業は、自分の欲求を満たすため、自分の勉強のためのものなのです。一人っきりで細々と運営しているページですので、今年中に第3章が書ければ、それでよしとしましょう。

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